もうごめん、なんて言わないで


「もしかしてそれ、香織にやられた?」
「えっ」
「頬っぺた、ちょっと赤くなってる」


 咄嗟に左頬を押さえた。

 黙ったままそれとなく髪の毛で隠すと、彼は「ああ」ときまりが悪そうに苦笑いを浮かべた。


「多分、俺が余計なこと言ったせいだなあ」

 頭をポリポリとかいた彼はなにかを知っているようだった。

「もしかして聞いちゃった? 仕事の話とか……」

 目が合い、どきっとする。

 空を飛べなくなったと聞かされた先ほどの衝撃を思い出し、持っていたカップをそっと机の上に置いた。

 すぐ近くを救急車のサイレンが通り過ぎていく。

 静まる重苦しい空気が際立って、状況を察した彼のため息が広いリビングに充満した。


「私、なにも言い返せなかったんです」


 ぼんやりと、カップから立ちのぼる湯気を見つめて言った。


「自分のことばっかりで、俊介のことをなにも知らないおめでたい人。そう言われても、全部その通りだって思っちゃって」

 香織さんの声が耳の奥に残っている。今でも傍で叫んでいる気がした。


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