優しく、そっと、抱きしめて。
 「そろそろ戻んない?講義始まるよ」
 中庭に建てられている時計を確認すると、開始まで残り5分ほどまで迫っている。あ、本当だ、と声を漏らし、彼のほうへと目を向けると、よいしょ、と彼は立ち上がり、ん、とこちらに手を伸ばし、空になった缶に目を向ける。
 
 「捨てるから、それ」とさらに手を伸ばし、呆気にとられている私を無視して、私の手の中にある缶をひょいと持ち上げるとそのまま空き缶用のごみ箱へ入れる。
 「あ、ごめん、ありがとう」

 優しいところもあるんだ、と感心して見つめていると、彼が「なに?」と訝しげに私を見つめる。カフェの店員の時は前髪をセンター分けにしていたが、今は前髪を分けておらず、隙間から覗かせる彼の瞳と一瞬目が合う。

 初めて見る彼の目は、眠そうで瞼が下がっているものの、きれいな二重をしていて、綺麗なその瞳はまっすぐ私をとらえており、どきりと胸が鳴る。何も言えずにいると、彼はぱっと目をそらし、そのまま講義室へと身を翻す。
 
 彼の後ろを追うように慌てて立ち上がり、彼の後へ続く。少し前を歩いていた彼が、歩幅を合わせるようにゆっくりと歩き、私の横に並ぶ。
 「そういえば、名前知らないや」
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