優しく、そっと、抱きしめて。

　「おいしかったです、ご馳走様です」

　スマートフォンで時間を確認すると30分ほど居座っていたことに気づき、私は小さな声でカウンターにいる店員に声をかけてゆっくりとドアを引き、店を出る。

　カフェで温まった体温を奪うように、寒い春風が吹き抜ける。急ぐようにして足を進め、大学へと向かう。

　歩きながら、先ほどの女性と彼、二人が親しげだったことを思い出す。あの女性の服装から考えると、学生ではなくOL、おそらく20代後半から30代後半くらいだろうと想定すると、彼もそのくらいの年齢だろうか。
　
　そこまで考えてから、何を部外者な私があれこれと考える必要があるのだろう、と頭を横に振る。
　見上げると大学の建物が視界に入り、急に私は心細い気持ちになる。私以外の人たちは大抵何人かで固まっており、楽しそうに会話を弾ませている、そんな風景を思い出すと、一人きりで過ごしているためか、寂しい気持ちがこみあげてくる。
　
　上京してすぐの頃は、心機一転、新しい友人をたくさん作って、大学ライフを楽しむぞ、と意気込んでいたものの、大学入学から友達はおろか、知り合いすらできず、一人寂しくただ講義を受けて過ごすだけの毎日を送っている。

　大学入学してすぐ、サークルの新歓の声掛けに勇気を出して参加したものの、その場のノリに馴染めず、結局小一時間ほど参加して、その後は静かに帰宅したあと、ベッドに倒れこむようにして寝て以降、私の友達作りへの意気込みはしぼんでいった。

　ほら、別に友達作りのために大学に入学したわけではないし、と自分に言い聞かせて、講義をたくさん入れた結果、平日は休みなく、自分に言い聞かせた通り、大学で勉強を学ぶためだけの生活になり、人恋しい思いが増えていく中、SNSで新たにアカウントを作成し、だれかと交流しようにも、ここでもコミュ障を発揮し、結局誰とも絡めずにいた。