優しく、そっと、抱きしめて。

　「お前、おっそいなあ～」
　椅子に座っている男の人は、今来たであろう人を見上げ、彼の腰をたたく。
　
　叩かれた彼のほうへ目を向ける。すらりとした細い体。長めの前髪で目元がよく見えない、猫毛の柔らかい髪。
　「……今日バイトだし」
　叩いてきた男の人の手を払いのけると、カバンを下ろしながら席に着く。声色と仕草から気怠そうな雰囲気が漂っている。少し甘めの鼻声のような、けれども心地のいい声色、どこかで…と考えた瞬間、今朝のカフェで働いていた店員を思い出す。

　そうだ、あの人だ。

　同い年かな、と思っていたものの、まさか同じ大学の学生とは思わず一人驚く。
　さっきカフェで…なんて声をかけるわけにもいかず、目を逸らそうとしたとき、彼がこちらに顔を向ける。見ていたことがばれる前に目を逸らそうと思ったときには既に遅く、彼が小さく、「あ……」と声を漏らした。