優しく、そっと、抱きしめて。

　「も、やめて、本当に」
　私がより一層恥ずかしそうに声を漏らすと、彼は楽しそうな声色をする。でも、そんな彼を嫌とは思わず、こんな一面もあるんだ、と妙に興味をそそられる。けれど、これ以上彼と今後仲良くなれるタイミングがあるのだろうか、と疑問が浮かぶ。

　残りわずかとなったコーヒーを流し込み、頭の中で彼に声をかけるシミュレーションをしてみるものの、うまくいかない。そもそも、友達でもないのに、気軽に声をかけていいものなのだろうか。

　一人頭の中で悩んでいると、隣で彼が気まずそうに咳ばらいをする。今は一人ではなく、彼が隣にいることを思い出し、慌てて何を話そうかと考えたところで、また彼が口を開く。

　「いつも下向いてるか外見てるかで、顔見たことなかったから、俺もさっきまでは気づかなかったけど」
　普段私が如何に他人を見ていないか見透かされたようで恥ずかしくなるものの、言われてばかりではなんとなく悔しい。
　「それでいうと、そっちも、人と目を合わせようとしないじゃない」

　私も彼へ指摘するものの、彼の飄々とした態度が変わるわけでもなく、むしろ
　「俺はあんなにわかりやすく、人の顔を盗み見るような真似しないので」
　見つめていたことがばれていたという事実が更に私を追い詰める。けれども、だれかと他愛のない話を弾ませることが久しぶりなため、悪い気はしない。むしろ、冷え切った心が温まるような、心が弾むような、明るい気持ちになる。