冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
二章 side直利
【二章 side直利】
「愛人の二、三人は好きに作ってもいいんだろう。うらやましいよ。チラッと聞いた話、あちらさん金目当てなんだそうだな」
金目当て。
分家の従兄である芳賀直義の言葉に「そうらしいな」とうなずいた。
形だけの豪華な披露宴の後、新郎控室を訪ねてきた従兄からは、少しアルコールの匂いがした。
「二十五年前に出奔した黒部のお嬢様が遺した娘か。なにやら貧乏育ちらしいし、あまり金の管理は任せない方がいいぞ。一度贅沢に慣れると歯止めが効かなくなるからな」
「そうか」
「気にならないのか? 金目あてだぞ」
「むしろそちらの方が目的がはっきりしていていい。気が楽だ」
相手も俺も、お互いに愛情を期待しない。干渉しない。
その約束はすでにできていた。
「お前ってやつは。オレは嫌だなあ、そんな結婚は。つくづく本家に生まれなくてよかったと思うよ」
酒精のせいだろう、べらべらとよくしゃべる従兄にちらりと視線を向けた。
直義は軽く眉を上げ、不思議そうに言う。
「ところで、お前、なんでスーツに着替えてるんだ?」
「仕事だ。抜けてきている」
「仕事ぉ!?」
直義が目を丸くする。
「お前、いくらなんでも……あ、それで酒飲まなかったのか! 自分の結婚式だっていうのに」
うなずいてジャケットに袖を通す。
スマートフォンにはひっきりなしに会議の抄録が送られてきていた。
本省に到着するまでにざっと読み込まなくてはならない。
「日曜だぞ」
「重要な法令の改正前だ。月月火水木金金だ」
「そんな戦前みたいなこと」
あきれたように直義は言う。
「かわいそうに、由卯奈さん」
「そうか? 金目あてなんだろうし、俺がいない方がせいせいするんじゃないか」
「初夜だろうに」
「まだ夕方だ」
それにまだ抱くつもりもなかった。
子供を作るタイミングについては、双方の擦り合わせが必要だろう。
ふうん、と直義が俺を見る。
「ならオレがお相手しておこうかな? かなり美人だし、かわいいし」
女遊びの激しい直義のこと、本気だとは思わなかったが一応注意だけはする。
「かまわないが、妊娠にだけは気をつけてくれ。俺の子かどうかわからないのは困る」
直義があきれたように息を吐く。
「仮にも新妻を誘惑されそうになって、その態度か」
「仮にも、か。そもそも俺が彼女を選んだのに特に理由はない。忙しいのに、これ以上見合いを持ってこられるのが不快だっただけだ」
直義が笑う。俺は彼を置いて部屋を出た。
足早に赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩きながら、スマートフォンをタップした。
「ああ、俺だ。会議を抜けて悪かったな。資料の追加を……今か? 親戚付き合いのちょっとした野暮用だ。気にするな」
部下に向かってそう告げると、ふと視線を感じて顔を上げる。
白無垢姿の女性が、青ざめた顔で俺を見ていた。
仕事に意識を持っていっていたため、それが妻だと認識するのに少しだけ時間がかかる。
名前は、そう……。
「由卯奈」
名前を呼ぶと、ハッと彼女が顔を上げた。
顔色が悪いのは、疲れたせいだろうか。唇にさされた紅が、異様に目立つ。
「先に帰っていてくれ」
体調が気にかかりそう言うと、彼女はわずかにうなずいた。
子ウサギのような人だな、となんとなく思った。