冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
『……大丈夫か』
俺の言葉に、ウサギはこくこくとうなずく。ぶるぶると震えるウサギを、近くの花壇に座らせた。
『どうする? 被害届を出すなら……せいぜいできて補導程度だとは思うが』
制服も、その制服についていた学年章もきっちり記憶していた。ウサギはぶんぶんと首を振り、くぐもった小さな声を出す。
『……バイト先に、迷惑、かけたくないので』
ハッとした。思った以上に細く可憐な、幼い声。おそらくは高校生のアルバイトか。
『怖かっただろう』
気がつけば、ウサギの頭をなでていた。……着ぐるみの頭をなでても、どうしようもないとは思うのだけれど。
それでもウサギは少しだけ生気を取り戻した声で『ありがとうございました』と俺に頭を下げた。
それでも震えるウサギが気にかかり、横に座る。
『もうあいつらは戻ってこないとは思うが、君が落ち着くまでここにいる』
『そ、そんな。ご迷惑じゃ』
『仕事で考えごとがあって──室内だと気が滅入ってきていたんだ。完全に煮詰まってる』
ぽつり、とそう弱音を漏らしたのは、相手がウサギだったからだろうか。
それともその少女に、なにかそうさせる雰囲気があったからか。
『そうなのですか。お巡りさんですものね。大変なお仕事なのですね』
『実のところ、違うんだが……』
ひと息ついてから、続ける。
『けれど他人の人生を左右する仕事で。おこがましいが、俺はただ、みなが穏やかであればいいと思ってるんだ』
気がつけば、ぽろっとそんなことをしゃべっていた。人がみな、穏やかに日々を過ごせればいい。
『悪い奴を倒せば世界は平和になると思ってた。でも違った。……違ったんだ』
自殺未遂をした十七歳。
喧嘩をして相手を殺しかけた『悪い奴』だ。ほかにも余罪がポロポロ出てきた。でも俺は、どうしても──……
『正義の味方気取りで悪い奴に会ってみたら……俺はそいつを嫌いになれなかったんだ』
『あなたは、……優しい人なんですね』
ウサギは震える声でそれだけ言って、黙って地面を見た。
……と言っても着ぐるみだ。
本当はどこを見ていたのか、わからないのだけれど。
それでも、彼女がまだ怯え、震えが止まっていないのはわかった。
着ぐるみの中、静かに泣き出したことも。そっと背中をなでると、泣き声が大きくなっていく。
『っ、ふぇ、っ、ごめんなさ、あ、安心して……っ』
しばらくそうしていただろうか。
ふと泣き止んだ彼女が、俺の手を握る。ふんわりとした布地の中に、嫋やかな指の気配を感じた。
『お礼です』
そう言って彼女がぐいっと手のひらを押す。着ぐるみ越しだからかもとから力が弱いのか、圧力は感じないのだけれど。
『ここ、疲れとかストレスとか、そういうのに効くツボなんですって』
『そうか』
少し笑い出しそうになる。
一生懸命に俺の手のひらを押そうとがんばる、白いウサギ。
『……あれ、変わったところに黒子があるんですね』
中指の付け根、人差し指側にある黒子に気がついたウサギが言う。少しだけ愉快な気分になっていた俺は、右手を手遊びのキツネの形にした。
『こうすると、ちょうど目に見えるんだ』
『わ! すごい、本当だ!』
その反応に思わず吹き出す。まさかそんなにいいリアクションが返ってくるなんて思っていなかった。
『君、何歳だ? アルバイトしてるくらいだ、いくらなんでも小学生ではないよな』
ウサギがむっ、としたのがわかる。妙にかわいらしい。
『失礼な。高校生です』
『怒るなよ、ウサギちゃん』
俺はキツネの手のまま、ウサギの額を軽く小突く。ウサギが小さく笑う。
俺もつい唇が綻んだ。
いつぶりだろう、こんなふうに笑ったのは。
そうしてウサギは言う。
『さっきあなたは、自分のことを正義の味方気取りなんて言いましたけど──私にとっては』
ウサギの中で、少女がやわらかく笑う気配がした。
『あなたはちゃんと、正義の味方です』
このウサギのように事件に巻き込まれてしまった子たちを守るために、俺はなにができるだろう?
ウサギと別れて、家路につきながら思考を巡らせた。このままでいいのか。被害者側に立てるのは検察官だけだと思っていた。いや、そのはずだ。でも、その前に──そもそも被害者を出さない仕組みを作ることはできないか?
小さな白いウサギが泣く前に。