冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
翌日も、時計の針はてっぺんを回っていたのに彼女は待っていた。宣言通りの焼きカレー……初めて食べた。
「美味しいですか?」
「まずくない」
「芳賀さん」
テーブルの向かいで、由卯奈が微かに眉根を寄せた。
「美味しいですか、と聞いたんです。まずくないですか、とは聞いてませんよ」
「……うまい」
「嬉しいです」
そう言う彼女の前には、マグカップがひとつ。とっくに夕飯を食べて、それでも待っていたのだろう。無言のまま食事が進み、俺が食べ終わるとひと言ふた言挨拶をして彼女は眠る。
まあそのうちに待たなくなるだろう、という予想に反し、彼女は一週間経っても二週間経っても相変わらず俺を待ち続けた。
「……わざわざ待っていなくていい」
俺の帰宅に時間を合わせたのか、揚げたてで出してくれた唐揚げを箸でつまみながら言う。
「俺を待つと、どうしたって深夜になる。今はいいかもしれないが、いずれきつくなるぞ」
「そうですか?」
彼女はきょとん、と首を傾げ、心なしか、少しシュンとした表情を覗かせた。
「合理的じゃない。子供なんかできてみろ、生活のペースが……どうしたその顔」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている由卯奈を見つめる。彼女は慌てたように目線を逸らした。頬が微かに赤い。
「……体調が悪いんじゃないのか? 顔が赤いぞ」
「いっいえ、なんでも……っ」
由卯奈はそう言って慌てたように紅茶を口にし、「あつっ」とひとり騒ぐ。
「水」
俺は自分の目の前にあったコップを渡す。それに口をつけてから、由卯奈がハッと俺を見る。さっきより頬が赤いのはなぜだろうか。
「これ、芳賀さんの……」
「……ところで、いつまで苗字で呼ぶんだ? 君も芳賀だろう」
「そう、ですね……直利さん」
由卯奈がはにかみ、俺の名前をその綺麗な唇から呼ぶ。
思わず息を呑んで、健康的な唇の色を見つめる──結婚式の朱赤とは、また違う赤。
彼女の唇に触れてみたくなってしまったのは、なぜだろう。
ぴくりと動いた右手を握り直し、俺は再び唐揚げに集中することにした。