冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
翌朝。
あの後……ツボを押し終わった由卯奈が自室に消えてから、きちんとベッドで眠った俺は、いつもより三十分早く起きる。
「おはようございます」
ダイニングへ行くと、由卯奈が時計を見ながら不思議そうにキッチンから出てきた。
「今日はなにか、ご用事ですか?」
「いや」
首を横に振る俺の前で、由卯奈が困ったような顔をした。朝はルーティンを乱されたくない、とコーヒーも淹れてもらったことがない。
「飲むか?」
コーヒーメーカーの前で彼女に聞くと、少し驚いた顔をしながら由卯奈は小さくうなずいた。淹れたコーヒーに、彼女は少しだけミルクを足した。ブラックが苦手なのか、と横目で見ながら思う。
「いただきます」
そう言ってコーヒーに口をつけた由卯奈が「美味しい!」と俺を見上げる。
「すごく美味しいです……!」
「そうか」
ひどく眩しいものを見た気分になって、コーヒーに視線を移す。俺は今、どんな顔をしているだろう?
「その」
「はい?」
「ありがとう。昨夜の、ブランケットのことだ」
半分起きていたのは、なぜだろう、言えなかった。由卯奈がふわりと目を細める。
「ところで、なんでいつもより早いのですか? まさか、わざわざお礼を言うために?」
「それもあるが……君に、聞きたいことがあって」
俺は俺でブラックを口にしながら由卯奈を見遣る。
「買い物してないのか」
「え?」
由卯奈が思い切り訝しそうな顔をする。
「買い物……え、してますけど? パンとか」
「ほかには」
「え、っと? 昨日は、合挽き肉と、人参と、ピーマンと……?」
「そうじゃなくて、服だとか、アクセサリーだとか」
金銭目あてで結婚したくせに、カードだけでなく生活費口座からの引き落としが想定以上に少ないのが気にかかっていた。
「服……ですか? いえ、あまりこだわらないですし……」
「買い物もしないのなら、賭けごと? 競馬だとか」
「え? し、しませんよ。あ、でも、馬は好きです。小さい頃両親がときどき牧場に連れて行ってくれて」
走るとすごく綺麗ですよね、と由卯奈が微笑む。
わからない人だ、という言葉をコーヒーごと胃に流し込む。
ふと、考えた。
この結婚は、彼女にとって幸せなものになっているのだろうか?
どうしてかそんなことを考えてしまう自分に戸惑いつつ、俺は横目で彼女を見下ろしたのだった。