冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~

 とにかくまあ、そんな毎日に慣れ始めていた、ある日。
 もうじき梅雨に入りそうだ、って天気予報でも伝えられている、曇天の日のこと。

「芳賀さん、顔赤いよ」

 バイト先のベーカリーで、オーナーである佐野さんに言われて首を傾げた。

「顔ですか?」
「熱があるんじゃないかな」

 佐野さんは少し年上くらいで、ひょろりと背の高い、柔和な男性だ。手広く飲食店を経営しているようで、都内でいくつも店を持っているらしい。
 そんな人がわざわざ店番だなんて、……とは思うけれど、現場が好きなタイプの人なのかもしれない。

「今日はもう上がっていいよ」と心配そうに言ってくれる。

「すみません……」

 そういえば、朝からなんとなく怠(だる)かった。気のせいかなと思っていたけれど、もしかして、風邪だったのかな。

「体調なんて、久しぶりに崩します」
「梅雨前だからね、冷えるし気温差あるからかな。家まで送ろうか」
「あ、いえ! 近いんで」
「……そっか」

 佐野さんがワンテンポ遅れてからうなずいた。

「お大事に」

 佐野さんに見送られ、帰宅して手を洗ったところまでは記憶がある。少しだけソファで寝よう、と横になったが最後、意識が泥のように沈んでいって……。



「由卯奈」



 誰かが、私を呼ぶ声がする。
 お父さん? お母さん?

「頭が痛いよ」

 脈打つたびに、頭にずくんと痛みが走る。大きな手のひらが、やわやわと何度も頭をなでてくれた。

「どうした? 風邪か? 病院へは行ったのか」

 焦燥の色を声に滲ませそう聞いてくる「誰か」へ向かって私は首を振る。身体中が熱っぽく、怠い。目が開けられないまま、半泣きでまた口を開く。

「喉乾いた。しんどいよ……」
「わかった。お茶でいいか」

 微かにうなずくと、その誰かは私のそばを離れていく。それからすぐに戻ってきて、私の身体を抱き起こした。

「飲めるか」
「……」

 口もとに冷たい感触。グラスだろう、とそっと口をつけ、こくんこくんと飲み干す。水分をとると、その「誰か」はほんの少し安堵した気配を……え、ちょっと待って。

 私はぱちりと目を開く。

 目の前に、微かに眉を寄せている直利さんがいた。手にはグラス。
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