冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
ゼリー飲料を手に取り、軽く頭を下げる。直利さんはうなずきつつメモをじっと見ている。
それから顔を上げ、ものすごく失礼なことを言った。
「君、絵が下手だよな。なんとも言えない味があって俺は好きだけれど」
「……」
あなたにだけは言われたくない。
軽く唇を尖らせると、……驚くことに、信じられないことに、彼は眉を下げて笑った。
驚きすぎてばたんとベッドに倒れてしまう。
「由卯奈!」
慌てたように直利さんが私に駆け寄る。
彼の表情が変わるのが、妙に嬉しくて──そっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。
「?」
「直利さんって、表情筋動くんですね」
ぽかんとした後、彼は目を細め私の頭を何度かなでる。
「あたり前だ。変なことを言っていないで、もう少し寝ろ。キツいようなら、知り合いの医師に往診を頼む」
「ん……寝てたら治ると思います」
直利さんの大きな手のひらが、額をなでる。ひんやりとして、心地いい。つい頬を寄せると、彼はびくっとした後、ゆっくりと親指の腹でなでてくれる。
「おやすみ」
彼からそんな言葉を聞いたのは、結婚して二ヶ月で初めてで──。
風邪をひいて得をした、なんてどこかで思っている自分に苦笑しながら目を閉じた。
ところで、熱を出しているときって、なぜ厭な夢を見るのだろう?
『お母さん、お父さん』
お母さんとお父さんが、倒れている。
地面が揺れていた。まっすぐ歩けない。手が届きそうな距離なのに、届かない。
あそこまで行けば、助けられるのに。
『やだ、お母さぁ……ん、お父さ、んっ』
死なないで。
置いていかないで。
やがて大海に漂う小船のように揺れる地面の上、ふたりの姿がかき消えた。
泣きじゃくる私は、ひとりだった。ひとりで震えながら、涙があふれるままに立ち尽くす。
ふ、と誰かに抱きしめられた。
「大丈夫」
その誰かは言う。
「大丈夫だ、俺がそばにいる」
私はその誰かにしがみついた。
そうして飽きるまでただ泣き続ける。
その人はただ、私の背中をなだめるようになで続けてくれた。
私が深い眠りに落ちるまで、そうやってくれていたのだった。