冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
 白い煉瓦造りの老舗ホテルの前だ。ここに俺たちは十日間、滞在する。
 車を降りると、すぐさまホテルからベルボーイが走ってくる。
 キーを渡して歩きだそうとすると、助手席から降りてきた由卯奈が俺のシャツの裾を引いた。

「直利さん、荷物は? 車も」
「彼らが運んでくれる」
「え、そうなんですか」

 由卯奈はそう言って振り向き、「ありがとうございます……じゃない、フヴァーラ!」
 さっき熱心に見ていたガイドブックで覚えたばかりの『ありがとう』を満面の笑みで口にする由卯奈に、ベルボーイたちが微笑む。

 なぜだろうか、少しだけムッとした。
 俺に向かってそんな顔したことないくせに。

 そう思ってから、そんな考えを抱いた自分に驚いた。
 なにが気に食わないんだ、俺は?

 案内されたのは最上階のスイートルーム。エレベーターやエントランスもスイート専用となっているから気兼ねなく過ごせるとのこと。
 リビングルームの天井まである大きなはめ殺しの窓からは、コバルトブルーのアドリア海が一望できた。
 置いてあるアンティーク家具は飴色に磨き込まれ、絨毯にもちりひとつ落ちていない。

「綺麗……」

 由卯奈が少々おぼつかない足取りでふらふらと窓まで向かう。
 俺はその小さな背中を眺めつつ、胸がかきむしられるような感覚に戸惑っていた。
 由卯奈が喜んでいるのが嬉しい。
 彼女が俺以外の男に笑いかけることが嫌だ。
 なんなんだ、この感情は?

 喜ばせたい、独占したい。

「直利さん」

 由卯奈が輝くような笑顔で振り向く。

「海、行きましょう!」

 なんで俺も?と、そう言うべきだったのに。
 俺は部屋にいるから、好きに海でも観光でも行ってくればいい。
 そんな台詞は、喉に詰まって出てくることはなく。

「……ああ」

 そう答えるのが、精一杯だった。


 ホテルの前は海水浴場となっていた。
 といっても、いわゆる砂浜ではない。
 ホテル前のオープンカフェなどがある遊歩道、その前が階段になって海に続いている。
 バカンスに来た多くの人は、泳ぐでもなくただ日光浴を楽しんでいる。
 またシュノーケルやサップを楽しむ人たちがいる一方、すべり台付きの海上アスレチックが設置してあり、子供たちはそちらではしゃいでいるようだった。

「わ、すべり台……」

 水着に着替えた由卯奈がうらやましそうに言う。俺は俺で気が気じゃなかった。

「……由卯奈、その水着は露出が多いんじゃないか」
「え! そうですかあ?」

 彼女は慌てて自分を見下ろす。それから顔を上げて「別に」と唇を尖らせた。そんな表情に心臓が跳ねる。

 彼女が着ているのは、セパレートタイプの黒い水着。
 そうだ、たしかに周りと比べて露出が多いわけじゃない。むしろ控えめな方ですらあった。

 けれど、水着の黒は由卯奈の陶器のようななめらかな肌をより際立たせ、美しく見せていた。そのコントラストに、つい目を逸らしかける。

 服を着ていたのではわからない女性らしい胸の膨らみに、通りすがる男たちがこっそりと視線を寄越しているのは、多分気のせいじゃない。

「由卯奈。上に、なにか着……」
「わ、直利さん! あれ、楽しそうですよ!」

 彼女が指差したのは、海上アスレチックのトランポリンだ。ホースが引いてあるのか、跳ねるたびに水が舞う。子供たちがはしゃいでいた。
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