冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
一章 出会い
【一章】出会い
「お互い、気持ちのない結婚だ。不快な思いをしないために、干渉し合わないようにしよう」
私はぽかん、と彼……芳賀直利さんを見上げた。
怜悧な瞳は整いすぎて、一切感情が読めない。
いや、と心の中で首を振った。
感情が読めないんじゃない。
彼は私に、なんの感情も抱いていないのだ。
視界の隅に、『お見合いだから』と生まれて初めて袖を通した振袖の赤が映る。
遠くで鹿威しの音がやけにのんびりと響いた。
広い日本庭園は、苔むした石でさえ秋の陽射しを受けてキラキラと輝いて見えた。
そんな綺麗な景色さえもなんだか妙にもの悲しくて、私は芳賀さんの鋭すぎる視線から目を逸らす。
なんの感情も映っていない瞳。
私はこの冷たい彼と、結婚しなくてはならない。これからの一生を添い遂げなくてはいけないのだ。
仲のよかった両親の姿を思い出す。
私もいつかは、お父さんお母さんみたいにお互いを愛し、敬い合える相手と巡り合えるのだと、二十五歳になる今日まで無邪気に信じ込んでいた。
「薔薇色の未来」とまでは言わないけれど、それなりに美しく色づいた将来を夢想していた。
けれど待っていたのは、愛など生まれようのない政略結婚という現実。
薔薇色どころか、愛される気配すらない現実はモノトーンの未来を予想させる。
モノトーン……
わずか半年前に執り行われた、両親の葬式の鯨幕が瞼に浮かぶ。
満開の桜の下、風に揺れるそれを呆然と見つめた春の日のことを思い出し、振袖の胸もとを握りしめた。
耐えられるのかな、とぼんやり晴れ渡る秋の空を見上げた。
はるか空高くをアキアカネが飛んでいく。
お母さんとお父さんは、煙になってあの上にいる。
苦しくなって手のひらを握りしめた。
じわりと汗で湿ったそれが、ちょっと気持ち悪い。
そして、どうして平凡すぎる私が、政治家一家の御曹司で、なおかつエリート中のエリートである検察官出身の法務省官僚の芳賀さんとお見合いするに至ったかに、思いを馳せた。
少し現実逃避をしたい気分だったのだ。