冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
五章 本当に好きな人
【五章】本当に好きな人
新婚旅行以降、直利さんの様子が変わった。ひと言で言うと、……そう、甘くなった。
なぜだろうと考えたけれど、答えはわかりきっている。
子供が欲しいのだ。
結婚前から言っていた「しかるべきタイミングで君を抱く」──要は新婚旅行がそのタイミングだったのだろう。
実際、寝る暇もないだろうに彼は私を求め続けている。
夜に眠るのも彼の部屋になった。
自分の部屋で寝ていると、勝手に入ってきて私を抱き上げて彼の部屋に連れて行くのだ。『俺のベッドの方がでかいから』という理由で。
すっかりと、身体は彼の色に染められてしまった。信じられないことに、私自身……彼に抱かれるのを待っているのだ。
抱かれている最中は、なんだか幸せで。
愛されているような、そんな気がして。
彼が出勤した後の、コーヒーの残り香が漂う部屋でひとり呟く。
「そんなはず、ないのにね……?」
直利さんが急にバイト先のベーカリーへ来たのは、夏も終わりかけのある日のことだった。蝉の鳴き声がツクツクボウシに代わり、太陽は真夏に比べて影を長くしだした、そんな時期。
「どこへ行くのですか?」
「プレゼントがあるんだ」
詳しいことはなにも告げられず車に乗せられ連れていかれたのは、隣県の高原。
目の前を走っていくのは……。
「わ、馬! 素敵」
思わずはしゃぐ。
看板によると、ここは馬専用の牧場。乗馬体験のポスターが事務所らしき場所の壁に貼られている。
馬場には綺麗な白い馬が一頭。たてがみをたなびかせ、自由に走っていた。
「綺麗な子……」
見惚れてそう言うと、直利さんがなぜかホッとしたように頬を緩ませる。
道案内のボードを見ると、奥に行くと障害物コースまである、本格的な騎手の養成施設でもあるようだった。
「芳賀様!」
事務所から中年の男性が出てきて、にこやかに近づいてくる。
グレージュのツナギを着た彼が私たちの目前で立ち止まり愛想よく言う。
「ご無沙汰をしております」
「お久しぶりです」
知り合いだろうか? 直利さんの言葉に私は目を瞬かせつつ、とりあえず頭を下げた。男性はにやにやと笑う。
「なるほど、芳賀様が夢中になられるわけだ」
「夢中?」
そんなわけないのに、と直利さんを見上げる。彼は微かに咳払いをしてから口を開いた。
「とりあえず……由卯奈、着替えておいで」
「へ?」
事務所から現れた女性スタッフさんに連れられ、更衣室に案内された。
渡されたのは、紺色の半袖ポロシャツに、白の乗馬用ズボン。
内側にシリコンのすべり止めが付いていた。
もしかしなくても、乗馬体験……?
馬が好きだ、と言ったのを覚えていたのか! 記憶力いいなあ。
優しくしてくれるのは情が湧いたからで、甘く接してくれるのは子供を作るためだ。
わかっていても、直利さんみたいな人にそんなふうにされると、心が騒いでしまう。
……お礼はちゃんと言おう。
そう決めながら仕上げにロングタイプの黒の乗馬ブーツを履いて、事務所の外に出る。