冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
「……っ」
思わず息を呑んだ。
同じような服装をしている直利さんが、姿勢よくこちらに向かって歩いてくる。
黒の半袖のポロシャツ、ベージュの乗馬パンツ、ブーツは私と同じ黒。
彼の上品な雰囲気と相まって、まるで貴族のよう。
彼は私に乗馬用のつばが付いた黒いヘルメットをかぶせ、軽くうなずく。
ちょうど逆光で、彼の顔ははっきりとは見えないけれど、直利さんはほんの少し落ち着かない様子で口を開いた。
「気に入ってもらえるといいんだが」
「え?」
「プレゼントだ」
私たちの前に、さっきの男性が白い馬を引いて現れた。私は目を丸くする。
「この子! さっき、来たときに走っていた……」
「君の馬だ」
「ん?」
理解が追いつかず、直利さんを見上げる。
「今、なんて……」
「今日からこの馬は君のものだ。名前はなんにする?」
ぽかんとした。
白馬と直利さんを交互に見る。
「馬……」
「好きだと言っていただろ?」
不思議そうに直利さんは言う。
「か、飼えませんこんな大きな生き物! エレベーターに入らない!」
駐輪場に繋いでおくわけにもいかないし!
「普段はここで面倒を見てもらうんだ」
苦笑して直利さんは言う。
「君は好きなときに来て、乗るなりなんなり好きにしたらいい」
「えぇ……っ」
白馬と目が合う。人なつこそうな、理知的な丸い瞳に惹かれてそっと手を伸ばす。私の手のひらにグシグシと鼻を擦り付け甘えてくる白い馬に思わずキュンとする。
「かわいい……!」
「乗ってみるか?」
直利さんが優しく私の肩を抱く。ぱちりと瞬きをして、彼を見上げた。
なんでそんなに、私に優しくするのだろう? 子供が欲しいにしても、これはやりすぎなのでは……?
馬なんていくらしたの、預かってもらうにしたって年間でいくらかかるのだろう?
馬をプレゼントされるなんて衝撃にまだいささかぼうっとしてしまっている私の横で、直利さんはヒラリと馬に飛び乗った。
「えっと……?」
直利さんが乗る、という意味だったのかな?と首を横に傾げていると、女性スタッフが踏み台を用意してくれた。
「え、ふたりで……?」
「由卯奈ひとりで乗ってもかまわないが……乗れるのか?」
私はぶんぶん首を振る。乗るどころか、餌やり体験以外で馬に近づいたことすら初めてだ!
「なら慣れるまで一緒に乗ろう」
そう言って踏み台の上でまごまごしている私を彼は白馬の上に引き上げてしまう。
「ひゃあ……っ」
「そこを持って、俺に寄りかかって。そう」
私は鞍についていた持ち手を持ち、素直に直利さんに身体を預ける。
そうしてようやく、周りを見渡せた。
「わあ……」
感嘆の声が勝手に漏れる。
思った以上に、視線が高くなる。秋めいた風がざあっと吹いて、白馬のたてがみを揺らす。
「いけるか?」
手綱を持った直利さんが、私の顔を横から覗き見る。
「は、はい」
私が返事をすると、直利さんが脚で馬に合図を出した。
そして白馬はゆっくりと歩き出して──ゆっくりと、なのにとても揺れる!
「わ、ご、ごめんなさい」
直利さんにすっかり身体を預ける形になり慌ててそう言うと、直利さんは
「大丈夫だ」
と、そう言って私の身体を包み込むような姿勢をとり、耳もとで微かに笑った。
「わ、わあっ、なんなんです」
それには返事をせず、直利さんは馬の歩みを進めていく。
「あれ、牧場出ちゃっていいんですか?」
「この先も敷地なんだ」
土の道が続くせいか、馬の蹄の音はまったく聞こえない。ゆら、ゆら、と揺られながらたどり着いたのは──。
「すごい! 大きな木……!」
まっすぐに続く道の両側に、背の高いメタセコイアが何百本と並んでいた。
「もう少し寒くなればこの木も黄葉するんだ」
直利さんの言葉に、まだ緑色を誇る鳥の羽のような葉を眺めた。
零れ落ちる陽射しは、都内よりも秋らしくやわらかだった。思わず目を細め、……そしてリラックスしてきたのがよかったのか悪かったのか、くっついた身体から直利さんの鼓動を感じて戸惑う。
新婚旅行のあの日から、逞しい腕に抱かれて──。
硬い胸板に、何度も触れた。
急に心臓が甘く、切なくわなないて、今の状況がとてつもなく恥ずかしくなってきてしまった。なのに、幸福に近い高揚感は否定できない。
頬は多分、真っ赤だと思う。
「あ、あの、直利さ……」
言いかけた私の声に、直利さんのものがかぶる。
「由卯奈。謝りたいことがある。千鳥のことだ」