冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~

 千鳥──鹿沼千鳥さん。
 結婚式の後、席次表で確認した。
 直利さんの遠縁にあたる、とある政治家のひとり娘だった。

 まさか、本命は千鳥さんなのだと告白するつもりなのだろうか。その償いのための白馬なのだろうか?

 白馬は相変わらずゆっくりと歩いている。彼の体温は心地よく、メタセコイアの木々は美しいのに──私は一気に血の気が引くのを覚えた。

「や」

 声が震えた。
 なにも、こんな幸せなタイミングで言い出さなくたって、いい。

「いや、聞きたく……ありません」
「っ、……違う。君が思っているようなことじゃない」

 直利さんが声に焦燥を滲ませた。
 私は馬上で振り向き、彼の整った眉目を見つめる。

「違う……千鳥はただの遠縁で、それ以上でも以下でもないんだ」

 不思議に思う。
 どうしてそんなに必死なの?
 無言の私をどうとったのか、彼はさらに言葉を続ける。

「披露宴で失礼なことを言ったらしいな。鹿沼の家によくよく伝えておいた──嫌な思いをさせて、悪かった」
「あ、……いえ」

 私はそう言って、目線を落とす。

「それから……君以外に……いや」

 言いかけてから、直利さんは続ける。

「俺に愛人や、その類の存在はいない」
「え?」
「いないんだ。本当に──信じてくれとしか言えない。あんなことを初対面で、……失礼にもほどがあることを言い放っておきながら、……今さらなのだろうけれど」

 直利さんが馬の歩みを止める。
 それからぎゅうっと私を抱きしめた。どっどっ、と速い鼓動が聞こえる。
 これは私のもの?
 それとも、彼の……?

「俺は……絶対に、死んでも、君以外の女は抱かないし、愛人なんかも作らない。だから」

 彼は言い淀んでから、言葉を続ける。

「前言撤回、させてくれ……その、君も……、俺以外の男に身体を預けたりしないでほしい」

 混乱が続いている。
 背後から抱きしめられているし、直利さんの懇願するような声は初めてで……。

 私は戸惑いながらうなずく。

 直利さんが私を覗き込み、そっとキスをする。重ねられた唇に、なんだか愛されているような気分になる。

 夏の終わりのやわらかな陽射しが、羽のような葉の隙間から零れ、辺りを包んでいた。
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