冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
幸いにも、由卯奈はつわりがそれほどひどい方ではなかった。妊娠は八週目に入ったところで、由卯奈としては本当に妊娠しているのか、少し不安なようだった。
「実感がないんです」
由卯奈がぽつりとつぶやく。
今いるのは、彼女と見合いをした老舗ホテルの料亭。日本庭園に面したこの個室には、秋の陽射しがやわらかく降り注いでいた。
あの日と同じように。
鉢物は鴨治部煮。聖護院かぶらや海老芋、蓮根餅が一緒に煮られたそれを由卯奈がひと口で気に入ったのがわかった。目を瞬いて、少し嬉しそうにしたのが──。
あの日、あの見合いの日、君はどんな顔をしていたのだろう。
「食べ終わったら、散歩しないか」
あの日、由卯奈を連れ出したのは仲人だった親戚に口を挟まれないようにだった。
今日は違う。
悔恨の言葉をぐっと飲み込み、俺は由卯奈に微笑んでみせる。どんな言い訳も無意味だ。これからの行動で彼女からの信頼を勝ち取る。
庭に出るとき、エスコートするように手を取ると、思い出したように由卯奈の唇が綻ぶ。
「お見合いのときもこうされて、ちょっとドキドキしたんですよ」
俺は由卯奈を見下ろしその瞳を見つめた。橙がかった陽が、植栽越しに零れ落ちてきていた。
「そうだったのか」
庭園を流れる小川の先で、日本原産のススキより背の高いパンパスグラスが風に揺られていた。
由卯奈がそれに近づき、楽しげに指でつつく。
「これ、狐の尻尾に似ていませんか」
「ああ、そうだな」
答えながら思う。
どことなく由卯奈はあのときの「ウサギ」に似ているな、と。
俺が知っているのは、着ぐるみ越しのくぐもった声くらいなのだけれど……きっと、由卯奈のウサギのように無邪気な雰囲気がそれを連想させるのだろう。
イロハモミジの真っ赤な葉が一枚、ひらりと由卯奈の髪に落ちる。俺はそれを指でつまみ、そっと由卯奈の肩に触れた。
引き寄せると、抵抗なく俺の腕の中に収まる彼女が愛おしくてたまらない。こめかみにキスを落とすと、恥ずかしそうに身体を震わせる。
嫋やかな指先を握り、身体を離した。
片膝をついて、彼女を見上げる。彼女の頬が微かに赤い。そこに少しでもいい、俺への恋慕があればと思ってしまう。
濃藍のリングケースをジャケットから取り出して、彼女に向かって開く。きっとどうしようもないくらいに陳腐だ。少し前の俺が見れば「頭がおかしくなったのか?」とあきれるだろう。けれど、そう。おかしくなったのだ、俺は──それでもかまわないくらいに。
「愛してる、結婚してくれ」
俺の言葉に、由卯奈が目を見開く。