冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
入院することになった部屋は、高級ホテルの一室と見紛わんばかりの個室。翌日になって慌てて朝一番にやってきたのが、黒部さんだったのだ。
「……お前の母親のときも、こうだった」
ぽつりと総理がつぶやいて、私は彼を見つめる。
「連れ合いは身体が弱くて。貧血はあれの遺伝だろうなあ」
連れ合い、とは亡くなっているらしい総理の奥様、つまり私の祖母のことだろう。
「お前の母親が生まれるときも、貧血で入院した。もしかしたら、お前が生まれるときもそうだったのかもなあ」
「そう、……なんですかね?」
今度母子手帳を探してみよう、と思っていると、総理が「そういえば」と私を見た。
「女の子だって」
「あ、はい」
今もお腹でグニグニ動いている元気な赤ちゃんの性別は、女の子。直利さんはさっそくたくさんのベビードレスを用意していて、赤ちゃん用のチェストを買い足したくらいだ。
「その子も振袖を着てくれるかな」
「振袖……?」
「見合いのときに着ただろう」
「……え、あの、赤いやつですか?」
そうだ、と総理はうなずく。
直利さんとのお見合いのとき、絶対絶対汚せないと思ったあの振袖……?
「あれはな、お前の母親の成人式用に作ったやつだったんだ」
「そうなんですか……!」
てっきりレンタルだと思っていた。
「まあ、着る前に駆け落ちしおったからな、最初に袖を通したのはお前だよ」
総理の言葉に、少し寂しさが混じる。
「連れ合いが死んで……まだお前の母親は十にもなっていなくて。寂しがるのに、どう接していいのかわからなくて、気がついたら……出て行ってしまっていた」
わたしが悪いんだな、と総理は目を伏せた。
「こっそりと、お前たちのことは見ていたんだ。幸せにやっているのか、困っていないか」
「そうだったのですか……」
「あの子が死んでから素直になっても、遅いのだけれど」
あの子、という言葉に胸が痛んだ。
母は、黒部総理にとって永遠に我が子なんだろう。ずいぶんと、すれ違ってしまったみたいだけれど……着せることのできなかった振袖を、大事に取っておいた総理。