冷徹官僚は高まる激愛を抑えきれない~独占欲で迫られ懐妊いたしました~
実は両親は駆け落ちだった、という話を、狭っ苦しい事務室でぽかんとしながら聞いた。眼鏡の人は秘書で、がっちりした方はSPだとのこと。
『娘が出ていったのは、あれが二十歳のときだった』
『そう、だったのですか……』
母方の祖父母はもう亡くなった、と言われてなんの疑いもなく信じ込んで生きてきた。まさか、テレビで見かける現職の総理大臣が実の祖父だなんて、思わない!
『大変なようだな』
机にあったネジを手に取り、まじまじと眺めながら総理は言う。
『助けてやろう』
その言葉に、弾かれたように顔を上げた。
『──え』
『当面の資金提供のほかに、経営のうまいやつを、何人か寄越して立て直す。文人の学資金も出すから心配するな』
私は混乱しながら実の祖父だという総理大臣からの提案を聞く。
『どう……して、そんなことを? うちの工場乗っ取っても、いいことなにもないですよ』
私の言葉に、総理は目を丸くした後に大笑いした。
『そんなつもりはない』
『それなら、なぜ……』
ぎゅっと汗が滲む手のひらを握りしめる。
ふむ、と総理は眉を寄せた。
『代償がないと不安かな』
『その』
口籠る。
いきなりやってきて『祖父だから助けてやる』と言われても、裏がないか疑ってしまうのはあたり前だと思う。
まだ、私だけがなにかを被(こうむ)るのならかまわない。けれど文人になにかあっては……。
『……ならば、見合いでもしてもらおうか』
『え?』
突然のことに戸惑う私に、総理は続ける。
『政敵の息子だ。もっとも、本人に政治家になるつもりはなさそうだけれども……まあ、縁を結んでおいて悪いことはない』
そう言って黒部総理は立ち上がる。
『無理強いはしないが』
選択肢は、ほかになかった。
秋が深まってきたとある日曜日、総理は直接私を工場まで迎えにきた。
お見合いが行われるのは、日本庭園が有名な都内でも屈指の豪華老舗ホテル、そこの料亭だそうだった。
数日前に『振袖なんかは用意してあるから、とりあえず来い』と連絡が入っていたために、おそるおそる普段着のまま黒塗りの高級車に乗り込む。
『見合いの相手は芳賀直利。三十一歳の検察官だ。もっとも、赤煉瓦組のな』
『検察官……検事さんですか? その、赤煉瓦組とは?』
芳賀、という苗字に慄きつつ聞き返す。おそらく、芳賀太郎外務大臣の息子だろう。
「そうだ」と黒部総理はやけに鷹揚にうなずいた──彼の説明によると、法務省の官僚のうち、百三十名と少しが検察出身者によって占められる。
司法試験から始まり司法修習、そして現場の実務において特に優秀だった者が選抜され法務官僚となる、とのことだった。
「法務省において、要職は検察出身の法務官僚が就くようになっているな。事務次官も検察出身だ」
事務次官、というのは官僚の中で一番偉い人なのだ、となんとなくは理解していた。
「法務省の庁舎が昔、赤煉瓦でできとったんだ。それでそう呼ぶようになったんだな」
「はあ……」
雲の上のことすぎて、そんな返事しか出てこない。
とにかく、今から私がお見合いするのは、ただでさえエリートである検察官の、その中でも輪をかけてエリートである「赤煉瓦組」の官僚さんらしかった。