実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
「でも……。リーフ辺境伯家に迷惑をかけるわけにはいかないですわ」
「……それについては、俺に考えがあります。だから、あなたの気持ちだけ聞かせてください」
記憶をたぐり寄せれば、王太子の婚約者をしていても、いつもほかの女性に囲まれていたラペルト殿下がエスコートしてくれることはなかった。仕方がないので、レインワーズ公爵家の騎士に頼んでいたけれど……。
(確かに、エスコートする相手がいないというのは、困るのかもしれないわ)
私は、一つ頷くと、レザール様の瞳をまっすぐに見つめ返した。
「わかりました。私でお役に立てるのなら、喜んでご一緒致しますわ?」
「……本当に?」
自分から誘っておいて、信じられないとでも言うようなレザール様の姿に首を傾げる。
けれど、次の瞬間、そんなことほんの少しだって考えられなくなってしまった。
「…………ひゃっ!?」
気がつけば、レザール様の腕の中にいた。
爽やかなハーブとシャボンの香りが鼻腔をくすぐる。
知らなかった。推しは、香りまで素敵だ。
抱擁は、きっと白昼夢だったに違いない。
次の瞬間、余韻も残さずに私たちは、再び向き合っていた。
そのはずだ。頬が熱くて仕方ないのも、レザール様の耳元が赤いのも、気のせいに違いない。
「そろそろ、出勤しないといけません……。ところで、打ち合わせがしたいのですが、次の休みに付き合っていただけませんか?」
「はい、わかりました」
レザール様の背中を見つめる。
ついつい、今日もその背中を魔術師団本部の建物に入るまで見送ってしまった。
「…………っ!?」
双眼鏡なんて覗かなくても、レザール様が振り返って私が覗く窓を見上げて、大きく手を振ったのが分かった。
私は、なぜかどうしようもなく火照って仕方ない頬を押さえて、窓際にしゃがみ込んだのだった。