二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 芹沢兄弟のマンションから香澄の家までは、歩けば50分、自転車だと20分くらいの距離。
 喫茶店に行っていた頃は、一応の運動も兼ねて徒歩で往復していた。
 でも、今日の体調では、さすがに50分徒歩はきつすぎると香澄は考えたので、駅前からタクシーを使うことにした。
 先ほどのフェラーリと比べると、こじんまりとしている。
 でも、香澄にとっては日常に溶け込みやすい車。
 さっきは助手席で今は後部座席に腰掛けている。
 流れる景色は変わらないけれど、心が違う。
 ワクワクはしない。
 ドキドキもしない。
 けれど、これが自分の日常なのだと、しっくりはくる。
 タクシーを使うことではない。
 使うタクシーに払う金額や、運転手とのちょっとした談笑。
 そう言ったものの方が、香澄の人生には寄り添いやすいのだと、改めて感じていた。
 
「ここで下ろしてください」

 そう言って、私は24時間スーパーの前で下ろしてもらう。
 自分はほとんど食べられないけれど、必要な食材を揃えなくてはいけなかったから。
 まず、味噌、もし安ければお肉やお魚。そしてパックの野菜サラダ。
 それらだけを、適当にカゴに詰めて、お米のコーナーへと立ち寄る。
 
(あ、そうか、妊娠してるんだっけ……)

 お米を取る時に、いつもなら5キロを普通に運んでしまう。
 けれど、さすがの香澄でも、まだ存在している胎児のことを考えられる余裕はまだ残されていた。

(2キロくらいなら、許されるかな)

 そう言って手に取った、片手で持つダンベルくらいの重さのお米を手に取り、カゴに入れてから、脇目も振らずまっすぐセルフレジのところに向かう。
 そうして、手にした食材を両手で抱えて、香澄は残り徒歩5分の道を歩く。
 今朝出たばかりなはずなのに、色々なことがありすぎて何日も帰っていなかったかのような自宅にたどり着いた香澄は、そのままキッチンに食材を置いて、手を洗ってからリビングに向かう。

「ただいま、お父さん、おばあちゃん。お腹減ったよね。すぐ準備するからね」

 そうして、香澄が話しかけたのは香澄の父親と祖母の遺骨。
 今の時間は18時半。
 香澄は、いつも家族が1番信用していた電波時計を確認した。

 (19時に間に合ってよかった……!)

 香澄が毎日欠かさずに行っている日常の習慣は、家族との食事。
 それは、父親と祖母が死んだ後も、繰り返し行われてる、香澄にとってはなくてはならない安らぎの時間だった。 
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