二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 現在、レストラン内は、様々な年齢層のカップルで埋め尽くされている。
 つい最近付き合い始めました、という若々しい雰囲気を醸し出すカップルもいれば、数十年連れ添いましたと言う空気感を漂わせている熟年カップルもいる。
 そこまでは、香澄の狙い通りだった。恐らく矢島にとっても。

「美味しい!」
「君のために予約したんだよ」
「まあ素敵」

 どこの誰かも知らない、純粋にこの空気を楽しんでいるカップルの会話が、あちらこちらから聞こえてくる。
 羨ましいと思っている心のゆとりがない香澄は、必死で脳内に会話の流れを叩き込むように、ブツブツとカップルたちの会話を反芻した。
 カップルシートならではの、半個室を演出するための衝立がなければ、不審者としてどっかのカップルに通報されていたかもしれない。
 ちなみにボイスレコーダーは1度試した香澄だったが、何故か自分の気持ち悪い息遣いしか録音されてなかった。そのため、使うことは潜入5分にして諦め、早々に鞄の肥やしにした。
 そして、給仕の度に、チラチラと、イケメンギャルソンが気の毒そうな視線を向けてくるのをチクチクと感じた香澄は、食前酒は一気に飲み干してしまったし、次から次へと出てくる、アーティスティックに飾られた、おしゃれすぎるフレンチのコース料理に至っては、香澄の喉をうまく通り過ぎてくれない。
 そのため、何度も水をおかわりする羽目になってしまった。
 でも……そんなことすら、香澄にはどうでも良い出来事が、よりにもよって衝立越しとは言え、半径1m以内の真横の席で起きていた。
 この時、香澄のテーブルには、すでにチョコレートドームがデザートプレートが中央に置かれ、ようやくこの空気感に慣れ始めた香澄によってスマホ撮影が行われようとしていた。

「よし、この角度なら綺麗に夜景も入る……」

 と、気合を入れてシャッターを押そうとした時だった。

「あなたのような厚化粧で香水臭い女じゃ、僕のは勃たないんですよ」
「はあ!?」

(なんちゅうことを人前で言うんだ、このカップル!?)

 メモに残せなくても強制的に頭に残ってしまう、とんでもないぶっ飛んだ会話が聞こえたと思った瞬間、思いっきり香澄の頭とチョコレートドームの上に大粒の雨が降ってきた。
 それはまるで、これから起こる台風のような日々を予感させる出来事……。
< 13 / 204 >

この作品をシェア

pagetop