二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
それから1週間。香澄は病室で絶対安静で過ごすことになった。
約束通り、拓人が入院2日目にリュウ……芹沢涼をモデルにしたキャラクターのネタ帳を持ってきてくれたおかげもあり、そこまで退屈はしなかった。
「絶対に執筆なんかしちゃダメよ」
「だから、しませんから」
「本当よ!約束だからね!」
リュウを渡す前、何度も繰り返し拓人に確認をされたので、香澄は苦笑いするしかできなかった。
(そこまで信用がないのかな……)
それから、点滴で繋がれた自分の腕を見る。
今までの吐き気や嘔吐を抑えるため、3日程は絶食し、点滴で水分や栄養分を補給する必要があると聞いた時、自分の意思で、生きるための栄養摂取をしなくてもいいと言うことに、香澄は少しだけホッとした。
もし、ここにペンがあれば、香澄はきっとまたネタを書いていただろう。
プロットやキャラクター設定、そして文章を書いているだけで、余計なことを考えずに済むから。
その時間だけ、香澄は自分が小森香澄とは違う、「すみっこ」という作家でいられるから。
その時間だけ、自分がやっとこの世界に存在しても許される気がする。
生きていることを、自分で許せる気がする。
そうして、香澄は自分の心を守り続けてきた。
でも、今その手段を半強制的に取られてしまい、香澄は嫌でも小森香澄としてこの空間に存在し続けなくてはいけない。
一体どれだけぶりなのだろう。
作家としての自分でいない時間が、これ程まで長く続いたのは……。
香澄は、考えれば考えるほど頭痛が酷くなりそうだったので、どうにか考えを別のベクトルに切り替えられないかを考え、そして思いついた。
「リュウと、お話をしようかな」
香澄がそれを開くと、びっしりと書き込まれたセリフやシチュエーションの数々。
どれだけヒロインを愛しているのかが分かる、リュウの行動やセリフは、WEB小説で反映させた時から読者の間で話題になっていた。
そして、このリュウには三次元のモデルが存在した。
「まさか……芹沢先生とこんなことになるなんて思わなかった」
あのクリスマスの夜は、まさに香澄にとっての一夜の夢。
それで済ませるべきだった。
むしろ、あんな夢を見せてもらえたことすら、香澄はおこがましすぎるとすら、香澄は思っていた。
香澄が愛した人は皆消えていく。
香澄を愛していると言ったはずの人は、香澄に背を向けるようになる。
それはきっと、香澄が愛し愛されるためにこの世に生まれたからではないのだと、香澄が思うには十分すぎる理由が揃っていた。
だから、あのクリスマスだけはきっと特別。
ずっと失っていた人肌に触れて、気がおかしくなったのが香澄で、そんな香澄に同情し、助けてくれたのが芹沢涼。
何故なら、芹沢先生は弁護士で、困った人を助ける正義の人だから。
この三次元の世界で、神様からすら愛されたような美貌や才能も持っている……そんな人が、自分を追いかけるなんてことは、決してあってはならないし、万が一そうだったとしても、きっとまた背を向けられてしまうと香澄は分かっていた。
そうじゃなかったことが、1度たりともなかったから。
(芹沢先生は、あの日私が1人で生きるための力をくれた正義の味方だ。あの日があったからこそ、私は死ぬまで1人で生きる力を手にれた。それで、十分すぎるじゃないか……)
香澄は、何度も自分の心に刻み込みながら、リュウを見る。
ここには二次元に閉じ込めた、クリスマスの芹沢涼がいる。
二次元は、決して自分から立ち去ることはない。
その安心感が、何より香澄を支えている。
だから、香澄は二次元のリュウこそが唯一無二のパートナーだと思っていたのだ。
死ぬ時、棺桶に入れて一緒に燃えてくれる究極のパートナー。
だから、決してこの妊娠は本意ではなかった。
ましてや、芹沢涼という、これから先自分よりずっとふさわしい、美しく知恵もあり、誰もが認める女性と生きていくだろう人の遺伝子と死神と呼ばれて育った自分の遺伝子を掛け合わせた子供なんて、きっと不幸になる。
だから、中絶こそが香澄が取るべき道だと分かっていたはずなのに、どうしてもその手続きができずにいた。
「早くしなきゃ……」
自分はもう、二次元の世界でしか生きていけない。
芹沢涼は、三次元の世界で輝ける人。
早く自分との関係を断ち切ってあげなければいけない。
香澄は毎晩、明日こそは、明日こそはと考えながら眠りについていた。
そうして、いつの間にか退院の日を迎えていた。
まだ、中絶の意思表示は出来ないまま。
「今日こそ言わなきゃ……」
香澄は、少ない荷物をカバンに入れながら退院の準備を進めながら、ブツブツと呟いた。
「私には分不相応すぎるから」
「私が産むには可哀想だから」
繰り返し言葉に出した。
自分の心に、ちゃんと刻み込むように。
それを数回ほど繰り返して、ようやく香澄は決断した。
「手術の日を決めてこよう……」
そう呟いた時だった。
背後から、いるはずのない人の声がしたのは。
「手術って、どういう意味?」
「ど、どうして……」
香澄が振り返ると、執事ではなく、スーツ姿の芹沢涼が険しい表情で香澄を睨みつけていた。
約束通り、拓人が入院2日目にリュウ……芹沢涼をモデルにしたキャラクターのネタ帳を持ってきてくれたおかげもあり、そこまで退屈はしなかった。
「絶対に執筆なんかしちゃダメよ」
「だから、しませんから」
「本当よ!約束だからね!」
リュウを渡す前、何度も繰り返し拓人に確認をされたので、香澄は苦笑いするしかできなかった。
(そこまで信用がないのかな……)
それから、点滴で繋がれた自分の腕を見る。
今までの吐き気や嘔吐を抑えるため、3日程は絶食し、点滴で水分や栄養分を補給する必要があると聞いた時、自分の意思で、生きるための栄養摂取をしなくてもいいと言うことに、香澄は少しだけホッとした。
もし、ここにペンがあれば、香澄はきっとまたネタを書いていただろう。
プロットやキャラクター設定、そして文章を書いているだけで、余計なことを考えずに済むから。
その時間だけ、香澄は自分が小森香澄とは違う、「すみっこ」という作家でいられるから。
その時間だけ、自分がやっとこの世界に存在しても許される気がする。
生きていることを、自分で許せる気がする。
そうして、香澄は自分の心を守り続けてきた。
でも、今その手段を半強制的に取られてしまい、香澄は嫌でも小森香澄としてこの空間に存在し続けなくてはいけない。
一体どれだけぶりなのだろう。
作家としての自分でいない時間が、これ程まで長く続いたのは……。
香澄は、考えれば考えるほど頭痛が酷くなりそうだったので、どうにか考えを別のベクトルに切り替えられないかを考え、そして思いついた。
「リュウと、お話をしようかな」
香澄がそれを開くと、びっしりと書き込まれたセリフやシチュエーションの数々。
どれだけヒロインを愛しているのかが分かる、リュウの行動やセリフは、WEB小説で反映させた時から読者の間で話題になっていた。
そして、このリュウには三次元のモデルが存在した。
「まさか……芹沢先生とこんなことになるなんて思わなかった」
あのクリスマスの夜は、まさに香澄にとっての一夜の夢。
それで済ませるべきだった。
むしろ、あんな夢を見せてもらえたことすら、香澄はおこがましすぎるとすら、香澄は思っていた。
香澄が愛した人は皆消えていく。
香澄を愛していると言ったはずの人は、香澄に背を向けるようになる。
それはきっと、香澄が愛し愛されるためにこの世に生まれたからではないのだと、香澄が思うには十分すぎる理由が揃っていた。
だから、あのクリスマスだけはきっと特別。
ずっと失っていた人肌に触れて、気がおかしくなったのが香澄で、そんな香澄に同情し、助けてくれたのが芹沢涼。
何故なら、芹沢先生は弁護士で、困った人を助ける正義の人だから。
この三次元の世界で、神様からすら愛されたような美貌や才能も持っている……そんな人が、自分を追いかけるなんてことは、決してあってはならないし、万が一そうだったとしても、きっとまた背を向けられてしまうと香澄は分かっていた。
そうじゃなかったことが、1度たりともなかったから。
(芹沢先生は、あの日私が1人で生きるための力をくれた正義の味方だ。あの日があったからこそ、私は死ぬまで1人で生きる力を手にれた。それで、十分すぎるじゃないか……)
香澄は、何度も自分の心に刻み込みながら、リュウを見る。
ここには二次元に閉じ込めた、クリスマスの芹沢涼がいる。
二次元は、決して自分から立ち去ることはない。
その安心感が、何より香澄を支えている。
だから、香澄は二次元のリュウこそが唯一無二のパートナーだと思っていたのだ。
死ぬ時、棺桶に入れて一緒に燃えてくれる究極のパートナー。
だから、決してこの妊娠は本意ではなかった。
ましてや、芹沢涼という、これから先自分よりずっとふさわしい、美しく知恵もあり、誰もが認める女性と生きていくだろう人の遺伝子と死神と呼ばれて育った自分の遺伝子を掛け合わせた子供なんて、きっと不幸になる。
だから、中絶こそが香澄が取るべき道だと分かっていたはずなのに、どうしてもその手続きができずにいた。
「早くしなきゃ……」
自分はもう、二次元の世界でしか生きていけない。
芹沢涼は、三次元の世界で輝ける人。
早く自分との関係を断ち切ってあげなければいけない。
香澄は毎晩、明日こそは、明日こそはと考えながら眠りについていた。
そうして、いつの間にか退院の日を迎えていた。
まだ、中絶の意思表示は出来ないまま。
「今日こそ言わなきゃ……」
香澄は、少ない荷物をカバンに入れながら退院の準備を進めながら、ブツブツと呟いた。
「私には分不相応すぎるから」
「私が産むには可哀想だから」
繰り返し言葉に出した。
自分の心に、ちゃんと刻み込むように。
それを数回ほど繰り返して、ようやく香澄は決断した。
「手術の日を決めてこよう……」
そう呟いた時だった。
背後から、いるはずのない人の声がしたのは。
「手術って、どういう意味?」
「ど、どうして……」
香澄が振り返ると、執事ではなく、スーツ姿の芹沢涼が険しい表情で香澄を睨みつけていた。