二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 香澄を助手席に乗せた涼のフェラーリは、香澄が知らない場所を走っていた。
 この車が自宅には向かっていないと、香澄が最初に気づいたのは、普段なら真っ直ぐ進むべき道を左折した時だった。

「……せ、先生……道……間違ってますよ」

 香澄にとって、誰かにミスを指摘することすら、ストレスだった。
 でもそのまま放置をしているわけにもいかないと、なけなしの勇気で、サングラスをかけてイケメン度がさらに増した涼に話しかけたのだった。

「合ってるよ」
「え、でも……この道だと家には行けなくなりますけど」
「うん。だって、君の家に行くわけじゃないからね」
「……え!?」

 香澄は戸惑った。
 そもそも、拓人が迎えに行くと言ったのに、拓人ではなく涼についてきてしまった。
 それすらも、間違いだったということなのだろうか。

「ま、待ってください……先輩が迎えにくるはずで……それで……」

 それを病室で言っておけよ、という内容を何故今言うのだろう、など香澄はパニックになりそうだった。
 そして、涼はそんな香澄の状態にいち早く気づいていた。
 だから、右手でハンドルを握り締めたまま、涼は左手で香澄の右手を取った。

「全部わかってる。あいつも全部知ってる」
「知ってるって……」
「ああ。これから僕たちが行くところも」
「ど、どこに行くんですか?」

 香澄のその問いに、涼は答えないまま、首都高に乗ってしまった。
 流れゆく、都会の景色は香澄をさらに困惑させていく。

「あの、本当にどちらに……」
「僕が答える前に、先に聞いてほしいことがあるんだ」

 そう言いながら、涼は香澄が見たこともないようなドライブテクニックで、車を次々追い抜いていく。
 
「あ、あの、車追い抜いてもいいんですか?」
「そういうものだから、いいんだよ」
「そう、なんですね……知らなかった……」
「知らないなら、これから知っていけば良いよ」
「え?」
「もちろん、僕と一緒にね」

 それから、涼は1回だけ大きなため息をついた。
 それと同時に、香澄を握る手に力が込められた。

「ねえ、香澄」
「はい」
「今、僕を信じろとは言わない」
「え?」
「でもね、これだけは忘れないで。僕は……いや違うな……僕たちは、例えどんなことがあっても、香澄の味方だから」
「先生?何を言って……」

 それから、涼は黙ったまま、またスピードをあげて、首都高を流れるように下って行った。
 香澄は、涼の言葉の意味を考えながら、窓の外を見ているうちにあることに気づいた。

「ここ……まさか……」

 先生と再会したバレンタインのあの日に訪れた、先生のオフィスビルの近くだった。

「ねえ、香澄」

 少しずつスピードを落としながら、涼はさらに言う。

「これから僕がすることは、君を傷つけてしまうかもしれない」
「あの、先生一体何を……」
「でも、そうさせて欲しいんだ。でないと……きっと君は、永遠に僕のところに降りてきてくれない気がするから」

 涼がその言葉を言い切った時、まさに涼のオフィス専用の駐車場に車が吸い込まれた。
< 173 / 204 >

この作品をシェア

pagetop