二次元の外には、予想外すぎる甘々懐妊が待っていました
 香澄は先ほどチェックしていたおかげで、トイレには迷うことなく駆け込むことができた。

(せ、セーフ……)

 個室に入ってすぐ、先ほど飲み干したはずのお茶を汚い嗚咽音と共に全て出し切ってしまった香澄は、しばらくの間個室の中から出ることができないでいた。

 意識が朦朧しながらも

(あー……私、このまま死ぬのだろうか?)

 そこでふと、香澄は考えた。

(もしかして、今までのは全部夢だったのではないか?)

 あまりにも、心のどこかで香澄が会いたいと願ってしまっていたから、体調不良に対する現実逃避を夢を見ると言う形でしていたのかもしれない。
 本当は、香澄は先ほどトイレで吐いた時に実は意識を失ってしまっただけだったのではないだろうかとまで、香澄は考えるに至った。
 それだったら、良い夢だったと思える。
 そうであって欲しいと香澄は思いながら、もう少しだけ夢を見て体力を回復させたいと香澄は目を瞑った。
 幸い、ここのトイレの床はとても綺麗に磨かれている。
 目に見えない菌はあるのかもしれないが、本当に辛い時はそんなことを気にする余裕は無くなるのだと、香澄はこんな状況になって初めて知った。

(何かネタに使えるかな……)

 まさに職業病とも言えることを考えた、その時だった。
 扉が激しく叩かれた。

(な、何……?)

 その音でふと我にかえり、スマホの時間を確認する。
 すでに、約束の時間はとうに過ぎていた。
 今までのことが夢だったとしたら、連絡もなくブッチしたことになる。

(し、しまった……!)

 香澄は、もし遅刻を本当にしたのであれば絶対入っているはずの、母親からの着信が一切ないことにも気づかず、かろうじて微かに残っていた体力を振り絞り、個室の扉の鍵を開けた。
 きいっと、ほんの少し扉が開いた隙間を、誰かの手が入り込んできた。

(……えっ!?)

 香澄は、その正体を確認する前に、誰かの胸に引き寄せられた。
 知っている香りが香澄を包み込んだ。

(ま、まさか……)

「大丈夫?」

(今までのことって全部……?)

「ずっと個室から出てこないから、心配したよ」

 香澄は、恐る恐る顔を上げて、その人物が香澄が考えた通りの人物かを確認した。

(ま……マジですか……?)

 香澄が、夢であって欲しいと思っていた、芹沢涼との再会は確かに現実であったことを証明してしまったと同時に

(ここ、女子トイレですよね……?)

 などという、場違いなツッコミをしたくなる欲がほんのりと湧き上がってしまった。
 ただ、そんなちっぽけな欲など

「ちょっ、ちょっとやめてください!!」
「病院、連れていくから。香澄」

 軽々と芹沢涼にお姫様抱っこをされたことにより吹っ飛んでしまったわけだが。

「こ、この後ちゃんと1人で行こうと思ってました!」

 だから降ろしてくださいと、エレベーターホール前で芹沢涼に懇願をしたが。

「ダメだよ。だって降ろしたら君はまた逃げるだろうからね」

 あっさりと一蹴された。

(せめて誰ともすれ違わないでほしい)

 うっすらと、そのような思いながら、香澄は芹沢涼にお姫様抱っこをされたまま、到着したエレベーターに乗り込まされることになる。
 一瞬にして、香澄の願いが木っ端微塵にされたのはまた別の話。
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