90日のシンデレラ

~プロローグ~

 チュンチュンと、雀の鳴き声がきこえる……ことはない。ここの窓が重厚なペアサッシであれば、騒音など何ひとつ通さない。代わりに通すのは、太陽の光だ。広い敷地に建つこの物件は、四階でも充分な光量が得られる。
 そんな静かな静かな朝の部屋で、真紘はカレシと一緒に朝を迎えた。
 ここは社の借り上げマンションで、今の真紘(まひろ)の家でもある。三ヶ月の期間限定の住まいだけど。

 真紘が寝返りを打てば、狭いベッドだから隣で眠るカレシに腕がぶつかってしまう。
(あ、しまった!)
 注意していても、勢いよくカレシの肩に腕が当たってしまった。
 だが当てられた本人は無防備な顔で、すうすうと眠っている。

 隣で眠るこの男は、瑠樹(るき)。真紘のカレシだ。
 瑠樹は真紘の勤める社の本社社員で、所属は総務部らしい。
 総務部らしい――というのは、真紘が孫会社社員だから。地方の小さな小さな系列下位会社に、本社の情報はほとんど伝わってこない。だから、総務部らしいという言い方になる。

 そんな本社社員の瑠樹が、本社研修を受ける三ヶ月の間だけ真紘の直属の上司でもある。
 この上司、仕事に厳しい。
 そして、それは本社では有名なことらしい。

 瑠樹が仕事にうるさいなんてこと、孫会社社員の真紘は知らない。
 だからはじめて彼にコンペ案件の進捗を報告したときは、容赦のないダメ出しをされて驚愕した。初対面の人間に、ここまで辛辣にいうのかと。
 次にプレゼン資料を出せば、デザインセンスがないと馬鹿にされる。
 センスは磨くものと真紘は思っている。けれど地方で暮らしていれば、それはどうしても難しい。
 それでも瑠樹が直属の上司だから、報連相はしなくてはならない。定期報告は、すっかり気が滅入る時間となった。
 そう、こんな具合に慣れない東京生活だけでなく、会社でも怒鳴られて、真紘は何度泣きたくなったことか。瑠樹のもとへいく度に、真紘はびくびくしていたのだった。

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