90日のシンデレラ
 「何が?」
 「ビル横の植込みの、大きな木です。三階ぐらいまであるような、大きな木でした」

 人工的な金属とコンクリートの塊のビルの間にある天然の大木は、双方の質がひどく違いすぎて対照的であった。その木の周りだけ空気が澄んでいて大都会の中のオアシスのようにもみえた。一瞬だけ垣間見たその姿に、真紘はホッとしたのだった。

 「みたかった?」
 「え、はい。たくさん飾り付けられて、きれいだったから」
 「ふうん、あれのことかな~。まぁいいや、もう一度、そばを通ろう」

 リクエストしたわけではないのに、そう北峰はいう。意外な回答が返ってきて、真紘は目が丸くなった。

 (そんなつもりでいったわけじゃなかったんだけど……)
 (まぁ、いいか!)
 (もう一度、あのツリーがみれる! ビルのガラス窓にブルーライトが反射して、とても素敵だったんだよね~)
 
 後ろに向けた体を元に戻し正面をみれば、緩やかな下りのつづら道になっている。こちらのカーブもビル群の中に悠々と潜り込んでいる。
 今度は特徴的な超高層ビルに、目が奪わる。どーんと光り輝くビルが、三つ現れた。手を伸ばせば届きそうなくらいにまで迫っていた。
 三つの中で真紘が一番気になったのは、頂上に独特の切れ込みが入っている左手のビルである。クーペに向って迫ってくるそのビルを、もっとよくみたいと真紘は上体を前に乗り出す。先とは逆の動きだ。

 「ああ、あのビルね。面白い形だからなぁ」

 この真紘の動きにも、北峰は気がついた。そして彼は左手を天井へかざす。
 そこに室内灯でもあるのだろうか、軽く指を動かして北峰は何やらスイッチを入れた。
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