90日のシンデレラ
 ジーっという静かな電子音がして、天井から少しずつ光が差し込んできた。天井の暗いところが減っていき、だんだんと明るいところが増えていく。クーペの屋根が動いたのだった。

 「え! なに? これって、オープンカー?」
 「うーん、ちょっと違う」
 「え、え、え?」
 「これ、ガラスルーフなんだ、父親はオープンカーに乗りたかったらしいが母親は嫌がって、いろいろ相談した結果がこれだ」

 そうこうしているうちに屋根はどんどん後方へ移動していき、ついにはなくなった。いや、なくなりはしない、消えたようにみえた。
 実際に動いていたのは屋根ではなく、内側のサンシェードである。ファブリック素材のシェードはきれいに後方のすき間に収納されていた。

 天井が取っ払われて、シャンパン色の光が車内に降り注ぐ。車内は昼のように明るくなった。
 真紘は前に乗り出していた姿勢から、今度は深くシートに凭れて天井を仰いでいた。急変する天井の様子を、興味津々で見守ってしまったのだ。
 そうして見上げる真紘の瞳には、シャンパン色の光の粒しか映らない。夜闇は、はるか遠くの上空の景色となっていた。

 おそるおそる真紘は手を伸ばす。指先に冷たくて硬いものに触れる。この感触は、まさしくガラス。

 (オープンカーに乗っているみたい)
 (ガラスの天井なんて、あるの?)
 (もしかしたらサンルーフの一部とか?)

 「これって、窓なのですか?」
 「いや、違うよ」
 「天井だけが、ガラス製ってこと?」
 「そうそう。解放感、抜群だろ。一番大きいガラスにしたらしい」
 「そうなんだ。今の技術なら、こんな大きなものが使えるんだ」

 はじめてみるガラスルーフだけでも珍しいのに、その大きさにも真紘は感心する。
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