90日のシンデレラ
 この車が路駐されていたときには、屋根がガラス製であったなんて、まったく気がつかなかった。高級車であろうがなかろうが、車というものはドアと同じ金属が屋根までつながっているものと、真紘は思い込んでいた。
 夜の街灯の元であれば、質感の違いがわかりにくかったのもあるだろう。でもそれ以上に、オーダー品ならではの丁寧な造りと贅沢な仕様だとわかる。もう、ため息ものである。

 今は深夜前で、一日の終わりの最後の灯りがとてもきれいにみえる。東京のミッドナイト・ドライブというだけでもワクワクするものなのに、リッチな車に乗り、こんな開放的なナイトショーをみることができるだなんて……
 同時に、母親が寒がりでブランケットを常備しているということも思いだす。天井が抜けていれば、夏はいいけど冬はかなり寒くなる。このご両親の決定に、真紘も納得する。
 お互いが相手のことを考えて、どちらもが満足するものを選んでいる。独りよがりの選択ではない――なんだかここにも素敵なものを見つけた気がした。

 ずっと天井を見上げたまま、しみじみと真紘が感動していれば、横で北峰がふき出した。その様、おかしくって我慢できないというふうで……
 笑われて視線を頭上から北峰へ向ければ、彼はニヤニヤして真紘のことをチラ見する。チラ見はしてもすぐに正面に直り、ハンドルを握っている。でも北峰の口元はにやけたままで……

 「私、変なことを、いいましたか?」
 「いやいや、ホントにシーナちゃんって、面白いなっと思って」
 「面白い?」
 「ああ、とっても。五月の研修ガイダンスのときから思っていたんだけど。ちなみに、さっきのはウソ!」
 「え?」

 (嘘って、何が?)

 不意を突かれてびっくりの真紘は、かっと頬が熱くなる。
 北峰の話を馬鹿正直に真紘は信じていた。ガラス製の天井の美談は真実で、とても感激もしていたのに……
 恥ずかしくなって、慌てて真紘も北峰と同じように正面を向く。目の前には複雑なカーブが迫っていた。
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