90日のシンデレラ
 「わざわざ特注するのに、眺めるだけなんて半端なことはしないさ」
 「やっぱり、開くんだ! もうー、開かないものだと、完全に信じていたのに!」
 「だってシーナちゃん、ホントに窓じゃないと信じたんだもん。いつまで騙しとおせるか試してみたかった」

 悔しいかな、とても単純で、簡単な、子供じみた嘘を吹き込まれていた。
 田舎者であれば知識や経験が乏しくて、そこから連想できることは恐ろしく少なくて陳腐だろう。それは車についてだって、そう。

 「それ、ひどいです」
 「いやー、わるいわるい。でも面白かった。ああっと、このパノラマルーフだけど、開けることはできるんだが、今は辛抱な。強風が吹き込んでくるだけだから」

 確かに高速道路で窓を開けて走る人はいない。北峰には、おちゃらけながらも常識的なところが残っている。
 うんうんと真紘はうなずいて、もう一度、天井を仰ぎみた。

 後部座席にまで張り巡らされたガラス天井の景色は、別のシルバーパール色のビル群に変わっていた。これもクールな色合いで、スタイリッシュだ。
 オープンカーではないけれど、いまみる視界はオープンカーのもの。空から降る注ぐビル群の眩い光を、ただただ真紘は息をのんで見上げていた。

 クーペは走る、相も変わらず高速で。
 でも揺れはマイルドだ。高級車ならではのサスペンションが古い路面の衝撃を消す。
 スーツを着た男性に合わせたエアコンは、シートごとに微調整ができるとしても、完ぺきではない。でもブランケットにくるまっていれば、薄着で連れ出されたとしても、そこまで真紘は寒くない。夜のドライブは最初から最後まで快適だ。

 カーブが複雑であれば、運転の邪魔をしてはいけない。北峰にもっと文句をいいたくなるが、真紘だって常識的な配慮を利かせる。
 そう、だから北峰に断りを入れることなく、真紘はこっそりとシートをリクライニングさせた。上空の光の粒のパフォーマンスを楽しむために。
 シートを深く倒してしまえば、もう目の前の視界は劇場スクリーンであった。
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