90日のシンデレラ
 真紘にとって永遠に思われた自室までの帰り道だが、ついには終わりとなる。
 車に向かうときと同じ階段を使って、四階までふたりは登っていく。途中、北峰は真紘のミュールの足を気遣い、休憩を入れる。彼はここでも完璧にエスコートを決めていたのだった。

 「おー、お帰りなさい、我が家へ、だ」

 自室玄関ドア前で、軽~い調子で北峰はいう。ごくごく普通に、カードキーを取り出した。
 ここは真紘の借り上げ社宅で、本当は北峰の自宅ではない。何だよそのセリフと思いながらも、彼の持つカードキーをみて真紘は気がついた。

 (私、車からひとりで帰るっていったけど、鍵を持って出てこなかった!)
 (もしかして………あのままひとりで帰っていれば、部屋に入れないところだった?)
 (これも予測しての今晩のドライブだったとしたら、私ずっと、この人の策にはまっていたってこと?)

 慣れた手つきで、北峰がドアを大きく開ける。どうぞと促されて、真紘は北峰を見上げた。マンション廊下の常夜灯を受けて、やはり彼の髪が艶やかに輝いている。
 北峰に目を合わせ、無言で了承を伝え、真紘は自室に足を踏み入れた。ふわっと玄関ホールの照明が灯る。照らし出された自室廊下は、見慣れた借り上げ社宅のものだった。

 (帰ってこれた!)

 真紘の中で、不思議な安堵感が湧きあがる。
 真紘のあとから北峰も入室し、静かに扉が閉められた。玄関三和土でふたりは向かい合った。

 「ねぇ、シーナちゃん。今日のこと、怒っている?」
 「え? 怒っているって、どうしてですか?」
 「だって、シーナちゃん、ずっと黙っているから」

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