90日のシンデレラ
 第一声は北峰から。「怒っている」と問われて、また真紘は回答に困る。
 いまは怒り心頭というわけではないが、かといって今までまったく怒りがわいてこなかったわけでもない。帰宅できたという達成感みたいなものもあれば、「怒っていない」などと告げることもできた。
 でも北峰は、真紘が機嫌を損ねてずっと黙っていたと思っているようだ。
 今晩のドライブで真紘の中で大部分を占めたのは、怒りでなく……
 
 「あの、正直にいいます。北峰さんの提案がどれも突拍子すぎて、どう反応していいのかわからないです」

 そう、真紘が心を痛めていたのは、怒りではなく困惑とか戸惑いとかいうものだった。

 間借りの件からはじまって、解決しようにもずっとそれは棚上げになっていた。早くルールを決めて安全を確保したいと強く願っても、なかなかその話し合う機会が現れない。そしていま、強制ドライブ案件でわちゃわちゃしているが、やっと北峰と面と向かい合っている。

 はたと、真紘は気がついた。今のこの瞬間を逃せば、また『なぁなぁ』になる。
 だから真紘は決めた。この際だから、はっきりいってやろうと。勢いあまって暴言を吐いたとしても、酒のせいにしてしまおうと。
 しっかりと北峰の目をみて、真紘は口を開いた。

 「私は地方社員であれば本社のしきたりのようなものは全くわからないし、ここの生活だけで精一杯なところがあります。北峰さんは本社の人間で、地位だって高いし、何にでも余裕があって、理解が難しいところがあるかもしれませんが……私はそんなに要領のいい人間ではありません。この社ではよくあることなのかもしれないけど、間借りなんて、私には倫理的に耐えがたいです。それに……」
 「それに……」
 「私、恋愛に慣れていません。カレシでない人と、キ、キスするなんて、できないし、嫌です! たかがキスぐらいと思うかもしれないけど、私、北峰さんみたいに恋愛上級者じゃないんです!」

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