90日のシンデレラ


 休日は、平日にできない家事をする。休日は、平日にできないことをするのだ。
 洗濯に入る前に、真紘は北峰のクローゼットを確認した。ずらりと並んだスーツは、ジャケットとパンツがセットで吊られている。そのなかで、一着だけセットになっていないジャケットがあった。
 間違いない、これは昨晩、北峰が真紘に貸してくれたジャケットである。夢見心地の中でも、きちんと真紘は服を掛けていた。

 そのジャケットを手に取れば、真紘の熱も、もちろん北峰の熱もない。数時間たって、すっかり冷え切った布の塊と化している。
 なぜだろう、そのスーツジャケットの袖口あたりを掴んだまま、真紘はその場に立ち尽くす。昨日これを羽織っていたんだとしみじみと真紘は思う。これを着て、自分は北峰の運転する車に乗り、東京の夜景を楽しんだのだ。

 手に触れるスーツジャケットの感触は、とても肌触りがいい。誰がみても高級品である。オシャレ男子の北峰らしい。
 でもここから昨日の温かみを感じ取ることができなければ、ふたりで過ごしたという現実感が乏しい。

 「…………」

 またくるよといわれても、いつと告げられていなければ、ちょっと困る。
 真紘が覚えている限り、昨晩の北峰はひどく時間を気にしていた。ドライブに出る前も、ここに戻ってきてからも。そこから、真紘への連絡は最優先課題にはなっていないと思われた。
 カノジョだと北峰は宣告したけど、まだ真紘の生活はフリーのままで変わっていない。

 (まぁ、いいか。最初のときの宅配便と同じだ)
 (休日はあっという間に終わるから、自分のことをするまで)
 (カノジョに昇格したのであれば、少々のわがままというか、こちらの都合に合わせてもらってもいいんじゃない?)
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