90日のシンデレラ
 (まさか、本社で仲間はずれみたいなことなんて……)
 (……あるわけないと思うけど)
 (いやいや、もしかしたらドライすぎると思っても、あれでも個人主義の範疇で、ここではそれが標準?)

 その彼は、年は主任より少し若い三十そこそこに思われた。茶色味かかった髪は緩いウェーブがかかり、風がなくともナチュラルに揺れているような感じがする。パーマをかけた男性なんて、田舎の真紘の社にはいないタイプだ。そう鎌田女史とは違う意味で、この男子、おしゃれなのである。
 さらに、彼が着ている服装に至っては、体にきれいにフィットしたシンプルなもの。シンプルだけど、それゆえに無駄を削ぎ落した美学を感じさせる。とても清潔感にあふれていた。
 あの人はきっと独身、なんとなくそう思う。それだけでなくモテる、絶対。そう真紘は確信できた。なぜって、何気に視線を上げた彼の顔が、とんでもないイケメンであったから。

 「!」
 
 一瞬だけだが、バッチリと、あの茶髪ウェーブ男子と目が合った。
 慌てて真紘は目を逸らす。いかにも別のことに気を取られたというように。

 (こっち、みた?)
 (いや、みてないよね?)
 (そう、みてない、みてない! 気のせい!)

 何気ない仕草で視線を外したが、真紘の心臓は大きく拍動する。空港に到着した直後よりも、本社ビルに足を踏み入れたときよりも。
 都会のイケメンと目が合うなんて、田舎者には刺激が強すぎる。
 気づかれないようにして深呼吸して、真紘は自分をなだめる。しばらくして、これまた何気ないふりをして総務部の席をみた。

 「…………」

 例の茶髪ウェーブのイケメンは、下を向いて熱心に資料を読んでいた。やはりあれば気のせいと思われた。
 敢えていう、都会には一般人でも芸能人のような人がごろごろいるところなんだと。
 ここにいるから一般人だとわかるけど、あの総務部の彼は、街中ですれ違えばモデルか俳優かというような人種だ。地方出身の真紘には到底縁のない人間である。
 まさに、都会にだけ起こり得る出来事が、ここにあった。ドラマさながらに、イケメンのボッチ総務部男性社員がいたのであった。


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