90日のシンデレラ
 「すごくいい待遇なんですけど、いいんですか?」
 そりゃそうだ、家族のための物件にひとりで住むのだから。幹部でも何でもない平社員の真紘にはもったいないと思われた。
 「はい。正確にいうと、年末には別の社員の入居が決まっています。それまで無人になるので、研修者に貸し出そうとなったんです」

 口に出してはいわないが、この女性社員の顔には「あなたは運がいい」と書いてある。
 嫌々受けた本社研修であったが、神様は少しは埋め合わせをしてくれたようだ。

 「なんだか申し訳ないような気もしますが、ここはありがたくお借りします」

 こうして真紘は当初の予定から大幅な変更を受け入れた。
 だってそうだろう、電車で一時間といわれていた単身者用のマンスリーマンションから、わずか本社から二駅という近隣の家族用の広いマンションに住むことができるのだから。



 †††



 「う、そぉ~」

 思わず真紘は声をあげてしまう。
 女性スタッフから物件の鍵をもらい、そこの扉を開いた真紘の第一声は、それだった。
 
 そうそこは、3LDKのとある部屋。広大な敷地を有す、タワーマンションの一室であった。
 タワマンのエントランスに足を踏み込めば、まず新築っぽい匂いを感じる。壁はキラキラと輝き、マンション備品はほぼ新品。共有スペースのインテリアはハイセンスで、築三年は経っていないと思われた。
 キャリーバッグを引きながらエレベーターに乗り、パネルをみる。ずらりとボタンが並んでいた。真紘に宛がわれたのは、四階の部屋。このマンションでは下層階になる。下のほうの「4」のボタンを、おそるおそる真紘は押した。

 (短期滞在の地方社員のための部屋が、家族用の社宅の転用ときいてはいても、こんなリッチな物件だなんて!)

 いざ部屋に着けばキャリーバッグを玄関土間に置き、真紘はそっと靴を脱いだ。
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