90日のシンデレラ
 玄関から最奥のリビングダイニングのガラス扉に向かって、そろりそろりと廊下を通る。途中にある扉は個室だろうか、五つもある。名目だけの狭い3LDKではない。
 奥のガラス扉を開くと広々としたリビングダイニングで、そこには光が満ちていた。
 ここは東京、四階程度では日当たりは期待できないと思っていたが、そんなことはなかった。
 マンションの敷地が広ければ、部屋だって南向き。大きなワイドスパンウインドウが、余すところなく光を取り込んでいる。ハウスクリーニングの終わった部屋は、ピカピカであった。

 「家族用というけど、この感じ、新婚さん用ってところかな」

 きれいな物件であれば、自然と動作が丁寧になる。無意識のうちに「汚してはいけない」と思うからだ。
 一度玄関へ戻り、キャリーバッグを上から下まで拭いた。廊下途中の扉の中からベッドルームを見つけ出し、そこで荷物を広げた。

 「申し訳ないな~、こんな広くてきれいな物件を使えるなんて」

 荷物を整理しながら、真紘はこう思う。

 (研修の間、ここから本社へ通うんだけど、なんだかドラマの主人公になったみたい)

 ただし、備品に関してはそうではなかった。家具は本社が用意した必要最低限のレンタル品で、寝室には貧相なシングルベッドがポツンとひとつあるのみ。
 キッチンにしてもそう。動かせないシンクなどのキッチンセットは立派だが、冷蔵庫は単身者用の小さなツードアタイプのもの。洗濯機も同様で、小容量だ。

 「まぁ、三ヶ月だから」

 部屋の高級さと家具のランクが不釣り合いなのは、仕方がない。文句をいう前に、すべて整えてくれていることに感謝をしなければいけない。

 「とりあえず、っと」

 気を取り直して、ちゃっちいふたり用の丸テーブルにファイルをおき、これまたちゃっちい椅子に座って真紘は近隣情報を確認する。その後、当座の生活必需品を買いに出た。
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