90日のシンデレラ
 ちらりと首から下げた名札ケースをみる。これは昨日のガイダンスの際に渡されたもの。真紘のような一時的に本社に出入りする社員は、これがここでの社員証の代わりとなる。当たり前だが、絶対になくしてはいけない。
 これをみれば名前はもちろん配属もわかる。真紘の場合はグループ会社名も併記されていた。あとからきた隣の席の男性社員も同じ仕様。
 お互いそれをみながら、挨拶を交わす。

 「おはようございます。……社の……です。今回はよろしくお願いします」
 「はい。……社の椎名です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 真紘は周りの席に人が着席するたびに、そんな挨拶をする。
 一度に大量の顔と名前を覚えるのは、なかなか難しい。吊り下げ名札があってよかったなと思う。

 「全員が揃いましたので、始めたいと思います」

 涼やかな鎌田女史のマイク音声が響いた。研修初日に遅刻をするような人はいない。定刻でスタートした。

 (ついに、きちゃったよ~)
 (私で理解できるものだろうか?)
 (無難に終わってほしい)
 
 孫会社代表の責任感で、真紘はピンと背筋を伸ばす。企画開発部門新人研修がスタートした。


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