90日のシンデレラ
 (よく似た声だと思ったけど……)
 (ホントに、北峰さんだ)
 (でも何で?) 

 幸か不幸か、エレベーターの箱の中は、真紘と北峰のふたりだけであった。
 飛び込んできた人物が北峯とわかったのはいいものの、真紘はその理由がわからない。しかもあの「シーナちゃん」は自分のことだったらしい。
 でも、これ、あまりいい感じがしないのは気のせいか?

 (もしかして、あのレポートのことを……)

 田舎の社での主任とのやりとりが、瞬時に真紘の脳裏によみがえる。
 確か主任は、本社のことをこう真紘に伝えなかったか?――是非とも本社へきて改革に参加してほしいと。本社と子会社の密なる連携構築に椎名さんの意見を詳しくききたいと。

 (まさか、ここで、その詳しい意見をきくってことがはじまるのか?)
 (あれ、褒めた内容のものじゃないから、他のスタッフの前で私のことを追及するのはパワハラ案件と思って、ここで?)
 (ちょっと待って! いまエレベーターでふたりっきりなんですけど! とっても、怖いんですけど!)

 この上もない被害妄想を、真紘はしてしまう。その場に凍りつく。怖くて北峰の顔をみることができない。
 意識的に北峰と目を合わさないようにしていれば、操作パネルの前で身動きひとつとることができない。
 その真紘の体の横を通って、北峰の腕が伸びる。

 「!」

 不意の接近に、真紘はまたびくりとする。それは腕だけなのだが、北峰と距離が近いことには変わりない。

 「一階でいい?」
 「は、はい!」

 必要以上に真紘の声が大きくなる。緊張と興奮と恐怖で、心なしか頬が熱い。
 そんな真紘のことを軽く一瞥し、くすりと笑って北峰は一階のボタンを押した。

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