90日のシンデレラ
 静かな低音が響いて、真紘と北峰をのせたエレベーターが下降しはじめる。
 やけにこの動作音が大きくきこえるのは、気のせいではない。箱の中のふたりが、沈黙しているからだ。
 依然、真紘は北峰から視線を外したまま。勢いよく飛び乗った北峰のほうは、自社の慣れた場所であればリラックスしていた。

 しばらくして、北峰が沈黙を破る。
 「ちょっと確認したいんだけど、いい?」
 「!」

 ついにきた! と真紘は身構える。
 このまま顔をそむけたままで応答したいけど、それはやはり失礼。本社と孫会社という序列は、現代の身分差にほかならない。
 えいっと覚悟を決めて、孫会社代表の真紘は北峰に向き直った。

 「はい、何でしょうか?」
 「シーナちゃんの滞在先って、……駅の社宅?」
 「?」

 真紘が予想していたのとは違う質問がきた。
 それは、真紘の物件の最寄り駅の名に間違いはなかった。でも本社規模を考えると、同じ地区に複数の社宅がありそうだ。

 「はい。お借りしているのは、グラン・ソル・フルールという物件ですが……」
 と、真紘が昨日からの自宅のマンション名を告げれば、ぱあぁっと北峰の顔が輝いた。

 (え、なに?)

 イケメンが笑顔になると、その破壊力は半端ない。
 業務改善コンペのレポートのお叱りかとびくびくしていたくせに、この輝く北峰のスマイルに一瞬、真紘は現状を忘れかけた。

 「そうなんだ! やっぱりな! そうかそうか!」
 うんうんと顎に手を当て、ひとり言のように北峰は頷き、感激する。
 「?」
 この北峰のご機嫌の理由が、真紘にはわからない。

 「いやぁ~、いいね! いい! サイコーだよ!」
 真紘の横に、満面の笑みの北峰がいる。

 (何が……いいのかしら?)

 「あっと、失礼」
 ひとしきり喜びを表現してから、北峰は冷静に戻る。ん、んと小さく咳してから、
 「シーナちゃんちさ、広いじゃん。部屋、余っているよね?」
 と、真紘の社宅にことに触れだした。

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