90日のシンデレラ
 「シーナちゃんちさ、広いじゃん。部屋、余っているよね?」
 「部屋?」
 「そう、部屋」

 あのマンションは家族用の物件で、都内では広いほうに入るだろう。
 部屋数は確かリビングダイニングを入れて五つあったはず、真紘ひとりだけしか住んでいなければ、当然空き部屋ができる。
 真紘自身は三ヶ月の滞在だからと、撤去が楽になるようにリビングダイニングと寝室、水回りだけしか使わないつもりでいた。だから三つ、部屋が空いてることになる。

 「シーナちゃん、悪いんだけどさぁ~」
 にこやかな北峰の顔、何でもなければ見惚れてしまうようなイケメンの北峰の顔。
 しかし、この北峯の笑顔とは裏腹に今の真紘は真逆の心境でしかなく、また身構えてしまう。

 (一体、なに?)

 「シーナちゃんの部屋さぁ~、余っているならさぁ~、ひとつ貸してくれない? それに相当する家賃は払うから」
 「え?」

 (部屋を貸す?)
 (借り上げ社宅を、貸す?)
 (しかも、家賃って?)
 
 話の方向が全然みえなくなる。みえないだけでなく本質から遠く離れた頓珍漢ことが、真紘に浮かび上がる。
 (家賃なんて、会社持ちだから私は払っていないと思うんだけど)
 (その状態で、この人からもらっても、いいの?)
 (貰ったらもらったで、それ、どこへ納めればいいのかわからないよ)
 思考が行き詰まる。話が飛び過ぎて、もう何が何だかわからない。

 そんな真紘の顔がさぞかしマヌケで、極めておかしかったのだろう。笑いながら、北峰は続けた。
 「ああ、説明不足でごめん。シーナちゃんちの部屋、オフィスに一番近いじゃん。俺、今さぁ、面倒なプロジェクト抱えていて、通勤時間を節約したいんだよね~。でもオフィスに泊まり込むのは社長命令で禁止なんで、近い寝床を探していたんだ」
 「はい?」
 「前々からシーナちゃんの部屋、目をつけていていたんだよな~。事務にきいたら昨日から人が入ったっていうじゃん。誰かと思ったら、シーナちゃんだったわけ」
 フフフと、不敵な笑みを北峰が浮かべる。
 悔しいかな、この北峰の笑み、イケメンゆえにとても様になる。かつ有無をいわさないぞという本社社員ならではの不遜さと相まって、堂々たるもの。
 ピンポーンと軽いチャイムが響き、エレベーターは一階に到着した。

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