90日のシンデレラ
 エレベーターチャイムが場面の切り替えの合図となった。真紘の思考回路も正常に戻る。
 借りた部屋をまた貸しする――それは、法的だけでなく、常識的にもおかしいだろう。
 さっさと切り上げて、この場を去るに限る!
 孫会社社員が本社社員に向ってと思うが、真紘は強い気持ちで反論した。

 「そ、そんなこと、できません! 社宅は個人のものでなくて、社のものですから」
 「そりゃまぁ、そうだけど……」
 「だったら、お断りします! 私、本社で間借りしている孫会社の人間で、権限も何もありませんので」
 イケメン北峰のそのきれいな顔と業務改善コンペのレポートの後ろめたさから、ただ縮こまるだけの真紘であったが、ここはしっかり主張した。孫会社代表なのだ、非道徳な行いをすれば、社全体がそういう体質かと疑われる。

 「うーん、だめ?」
 「ダメです!」
 「ふううん、そう……」

 少し諦めが入ったような声を北峰が出す。この口調、何かある。本能的に、真紘は察する。
 一階に到着し、エレベータードアが開き始める。一目散に真紘は足を向けた。

 と、真紘の進路を北峰の腕が邪魔をする。
 エレベーターパネルの一階ボタンを押した北峰の腕がそこに残っていたのだ!
 通せんぼする形で、真紘とエレベータードアの間に北峰が立っていた。
 それだけではない、開きかけたエレベータードアを、一階のボタンを押した北峰の指が「閉まる」を押した。
 隙間からみえたエレベーターホールには何人か社員がいて、真紘と北峰が乗ったままで閉まるエレベータを不思議そうな顔でみていた。

 (ちょっと待って!)
 (なんてことするのよ!)

 焦る真紘を認めても、北峰は余裕の笑み。さらにあろうことか、彼は「R」のボダンを押した。
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