90日のシンデレラ
 そうしてデパ地下散策すること数時間、真紘はパン屋の大きな紙袋を抱えて帰宅した。

 本日覗いたパン屋は、シックなインテリアの店だった。一見すれば雑貨屋のような雰囲気。でも一歩中に入れば、店の中央に巨大な丸いカンパーニュが飾られて、細長いバゲットがその周りを取り囲んでいる。ここはパンの王国といわんばかりのディスプレイだ。
 その商品はというと、田舎とは比べ物にならない数のパンが所狭しと棚に並び、種類だって豊富。しかも、どれも美味しそうとくる。
 服を買うよりも単価が安いこともあって、真紘は食べたいパンをトレイにじゃんじゃん取っていく。会計をする時点で、ひとり分のパン代とは思えない金額に気がつく始末。

 (まぁ、いいか!)
 (自宅日替わりモーニングにして楽しんでもいいし、お昼に持っていってもいいし)

 などと言い訳をして、別の店で足りない必要品も買い揃えてご機嫌で帰宅する。
 少し早いけど夕食を作ろう、と思い玄関を開ければ、不思議なものが真紘の目に飛び込んできた。

 「?」

 でーんと、テラコッタタイルの三和土(たたき)に靴がある。黒の革靴が。サイズは男性のもの。もちろん真紘のものでない。
 このマンションで男性と関連性があるのは、北峰しかいない。
 靴が玄関にあるということは、この先の部屋に北峰がいるということである。真紘の留守の間に北峰がやってきたのだ。
 
 「…………」

 北峰はいる、このマンションの部屋のどこかに。さぁあっと、真紘は顔が青くなった。
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