90日のシンデレラ
 ――シーナちゃんの部屋さぁ~、余っているならさぁ~、ひとつ貸してくれない? それに相当する家賃は払うから。
 ――前々からシーナちゃんの部屋、目をつけていていたんだよな~。事務にきいたら昨日から人が入ったっていうじゃん。誰かと思ったら、シーナちゃんだったわけ。

 このあたりのセリフから、北峰はこの部屋のことを真紘以上に熟知しているとわかる。
 だから、単に荷物を受け取れだけでなく玄関に一番近い部屋へ入れろというメールだったのだろう。

 (あれ?)

 ひとりで夕食を食べている最中に、ふと、真紘はこんなことにも気が付いた。

 (所在地も間取りも知っていて、この部屋に対する北峰さんの思い入れは、私以上であったとする)
 (でも、管理は会社のはず)
 (今日は、どうやってこの部屋に入ったの?)

 間借りのことは認めたが、真紘は北峰に鍵など渡していない。そもそも、今週は社内で会ってもいないのだ。なのに、彼はこの部屋に侵入できていた。

 この事実に気が付くと、また真紘は青ざめた。自分以外にこの部屋の鍵を持っている人物がいると。

 (ちょっと待って! どこで鍵を手に入れたの?)
 (いやいや、それよりも、まだ具体的な生活の取り決めとかルールとか決まってないよ!)
 (そんなの無視で、そういうことって、アリ?)

 真紘の脳裏に勝ち誇った北峰の顔、そうエレベーター内で真紘がうんといったときのあの顔が、浮かび上がる。
 あのとき北峰は、軽く口角を上げて、頬を緩ませた。晴れやかで、とても嬉しそうな顔であった。柔らかな茶髪ウェーブが無風のエレベーター内のはずなのに風にそよいでいるようにもみえて、納得のいかない合意であったにもかかわらず真紘は迂闊にもときめいてしまったのだった。

 だが今は、あのさわやかな笑顔が、途轍もなく皮肉たっぷりのしたり顔にみえる。悪魔の笑みだ。
 もう北峰は、この部屋の鍵を持っている。
 だから、いつ彼が現れてもおかしくない。

 (く、くるとすれば、いつよ?)
 (昼は社にいるから、やはり夜よね?)
 (恋愛感情がないといっても、夜なんて……やっぱり……)

 一度安堵できる結論を得ていたのに、それは脆く崩れ去った。
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