90日のシンデレラ
 この部屋の鍵を北峰が持っている――そうと気が付けば、真紘は警戒モードに入る。

 (もうマンションの鍵は無理として、寝室だけは死守しないと)
 (あの部屋、鍵がついていたかしら?)

 早急に夕食を済ませてしまうと、そうであってほしいと願いながら寝室の扉を確認する。
 案の定、鍵はなかった。ハイクラスの社宅とはいえ、やはりここは賃貸であると判明する。

 (自分で鍵を買ってきて、つける?)
 (ああ、でもなぁ~)

 賃貸物件に許可なく手を入れることはできない。仮にできたとしても研修終了後には元通りのきれいな状態にして退去しなくてはならない。真紘にDIYの知識や技術はないので、それは不可能だ。

 「…………」

 鍵がダメなら次に真紘が思い付いたのは、扉前にバリケードを築くこと。部屋をロックできないのなら、せめて侵入を困難にするしかない。家具か何かでバリケードを作るのが有効に思えた。
 
 (バリケードになりそうなもの……何があったかしら?)

 ここは一時的な単身者の滞在物件で、レンタル家具はひとり暮らし用のもの。小さいだけでなく必要最低限の品揃えであれば、寝室には簡易ベッドしかない。
 いざ寝室へ確認にいけば、ちゃっちいベッドがポツンとあった。子供用の二段ベッドのようなフレームに床板はすのこ。すのこの上には厚くないマットレスとペラペラの寝具。真紘ひとりでも充分移動させることのできる貧相なベッドがあるのみだ。

 (これを使うしかないわよね)
 (そのまま引っ張ると、床に傷がつきそう)

 下ろしたばかりのタオルを洗面所から持ってきて、ハサミで四つに切り分ける。それをベッドの四隅の下に差し込んで、床との緩衝材にする。うまくいくかしらと、そぉっとベッドを押せば、静かにそれは動いた。

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