90日のシンデレラ
 (あ、大丈夫そう)

 ゆっくり慎重にベッドを扉近くへ寄せていく。部屋への出入りで必要な最低限のすき間を残して、止めた。
 今晩から寝るときは、このベッドを扉にぴったりにくっつけてから寝ると決める。真紘の体重が加わることでベッドは重くなり、扉の開閉が難しくなるはずだ。
 完璧な防御壁とはいえないが、無防備な姿を晒すよりかはいいだろう。
 こんな具合に真紘はベッドのバリケードを構築したのだった。

 (こんなの、焼け石に水っていわれるかもしれないけど……)
 (ああ、神さま。三ヶ月、無事でいられますように)

 あれこれ考えていけば、なぜだろう、よくない方向にばかり思考が向いていく。
 そもそもが、好きで参加した企画開発研修でなければ、業務改善コンペエントリーでもない。すべて主任のそのときの思いつきで、決まったもの。
 自主的なものでなければ、壁に当たったときのダメージはかなり大きい。

 明日は日曜日で、それも上京して最初の日曜日なのに、真紘は浮かれた気分になれない。
 これもそれも、すべて北峰の間借り云々のせいだ。

 もう土曜の夜を楽しもうという気分はなくなった。
 残りの家事を済ませ、風呂に入って、さっさとバリケードの上で、真紘は眠ったのだった。


 ***


 真紘のことなど構わず、時間は過ぎていく。
 ふて寝した翌朝の日曜日、真紘は自然と目を覚ました。時刻は五時前。五月も中旬で夏至まであと一ヶ月ともなれば、窓外はもう薄明るくなっていた。
 早くに眠ったものの、熟睡できてはいない。玄関に置かれた革靴を発見してからこっち、真紘の心は動揺しっぱなしだ。

 (昨日、荷物を整理したみたいだけど、あれで終わりじゃないわよね?)

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