90日のシンデレラ
 クローゼットに男性物のスーツがかけられて、玄関に革靴がある。ヨガマットの存在理由が不明だが、荷物の中身があの量では旅行に出るよりも少ないような気がする。
 間借りするということは半分同棲みたいなことになるのだから、グルーミンググッズなどがないことも不自然に思われた。
 ひと晩時間が経てば、そんな推測を巡らすことができるまで真紘は冷静さを取り戻していた。

 (今日も休日だから、昨日の荷物搬入の続きでご本人がやってくるかもしれない)
 (あれで全部とは思えないから)
 (で、実際にやってきたら……どう対応すれば、いいの?)

 北峰のスケジュールなど、真紘はこれっぽちも知らない。
 わからないことをあれこれ考えても、現実に変化が起こることはない。とりあえず、真紘は身支度を整えた。



 「休みには、休みのときにできることする」――本当は昨日の続きで東京散策を行いたかった。でも北峰が再訪したときに、また留守にしていたら、それこそ文句をいわれそうだ。
 だから真紘は外出せずに、今日一日は自宅待機することにした。北峰の訪問があるかどうかは不明だが、待つことにした。

 と同時に真紘は、こうも決心する。間借りの件で、北峰とはキッチリ境界線をつけてやると。
 これ、社内でそんなことを協議できない。どうしても他の社員の目が気になって強気になれないのだ。現にエレベーター内での敗因は、ここにあるともいえる。

 (親会社の上司に孫会社の部下が抗議したって、鼻で笑っておしまいだもんね。周りに味方してくれる人なんて、いないし)
 (そこをうまく回避して北峰さんと対等に話し合うには、本社ビル以外のところで、だ)
 (となると……)

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