90日のシンデレラ
 北峰との交渉場所に適切なところを考えると、東京に不案内の真紘が思い付くのは、この借り上げ社宅になる。
 間借り希望物件の社宅マンションにふたりきりで交渉する。これ、少々、怖いものがある。でも決めておかないといろいろな面で「なぁなぁ」になってしまいそうだ。
 何事も最初が肝心、そんな意気込みで真紘は、家事をしながら北峰の訪問を待っていた。

 午前中に洗濯をし、昨日買ったパンを小分けにして一部冷凍にする。先週の昼ご飯は社員食堂を使ったが、今週は弁当を持参する予定だ。そこに入れる作り置きおかずの作成に取り掛かる。

 (なんだか、地味な休日だわ)

 楽しい楽しい都会の休みの予定を変更することとなって、憮然となる。
 でもこれも、今週だけのこと。最初が肝心なのよと、真紘は自身に言い聞かせる。
 そうして淡々と家事をこなしていく。
 ひとりで昼食を食べた。掃除をし、昼過ぎには洗濯物を取り込んで、アイロンがけをする。夕食を作って食べて、明日からの仕事の確認をして、風呂に入り、ベッドに向かう。

 (あれ?)

 ベッドに入って真紘は、愕然とした。
 本日が終わろうとしているが、北峰はこのマンションにこなかった。
 あれほど、「きたらどうしよう?」と心配していたのに、全くの取り越し苦労で終わったのだった。
 もちろん北峰がくるかどうかは真紘の推測の範囲でしかないこと。確かに、勝手に真紘が思い込んでいたことなのだが……

 (冗談じゃないわよ!)

 昨日今日と調子を狂わされて、真紘はもう怒りやら脱力やらで、滅入るばかり。これこそさっさと寝るに限るで、本日も早々に床に就いた。
 そう、真紘は動揺しすぎて、心配し過ぎて、その最果ての結果、ひどい気疲れで深く眠ってしまった。
 だから真紘は、まったく気が付かなった。深夜に北峰がマンションを訪れたことに。
 目覚めた月曜に、真紘の絶叫がマンションの部屋に響いたのだった。
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