90日のシンデレラ
 もうここまでくれば、わかる。
 真紘以外の人物がこのリビングダイニングにやってきて、真紘が楽しみにしていたデパ地下のパンとジュースを平らげたのだと!
 そんなことができる人物は、ただひとり。それは、鍵を持つ北峰しかいない。

 「…………」

 食べ物の恨みは恐ろしい。なまじ、とても楽しみにしていただけに。通常よりも倍増する。

 「…………」

 断りもなく私のパンを食べた、許せない! もうその気持ちしか今の真紘にはない。
 真紘は踵を返すと、手前の部屋から扉を開いていった。

 一枚ずつ扉を開いて、部屋に踏み込む。文句をいう気満々で。
 一枚目は空振りに終わった。
 二枚目の扉に手をかける。バンと開けて覗けば、誰もいない。
 三枚目の扉は、あの荷物を入れた部屋だ。きっとここに、北峰がいる! 怒りに任せて、この扉も大きく開いた。

 「えー、うそぉー」

 そこにも北峰の姿はなかった。

 幽霊がやってきて、真紘の朝食を平らげてしまった――そんなこと、絶対にない!
 では、朝食泥棒はどこに?
 すっかり出鼻をくじかれた真紘は扉を元通りに閉めて、すぐ横の玄関をみた。

 「え? うそだー!」

 玄関の三和土には、北峰の靴がある。だが、その靴はスニーカー。昨日の革靴ではない。
 あらためて真紘は、いま閉めたばかりの扉を開いて、部屋を再確認する。
 壁には立てかけられた段ボール、床にはきれいに巻かれたヨガマットと黒いナイロン製の鞄、クローゼットにはスーツがかかっていて……昨日と同じ。
 だが三着あったスーツが、二着に減っていた。

 このスーツと靴ですべてが説明できる。
 昨晩、北峰はこの部屋にやってきた。
 いつきたのかはわからない。まったく真紘は気が付かなかったから、きっと深夜で、それも丑三つ時ぐらいだろう。
 やってきてからの彼の行動も不明。だが、これだけははっきりわかる。
 ダイニングテーブルの真紘のパンを食べて、冷蔵庫のとっておきのジュースを飲んだ。そのあとスーツに着替え、靴を履き替えて、この部屋から出ていったのだ。

< 54 / 65 >

この作品をシェア

pagetop