90日のシンデレラ
 週はじめは、なにかとスロースタートになりやすい。
 企画開発研修もそれで、新フェーズ開始だからとガイダンスで終わる。ゆえに真紘は終業時間を待たずに、業改コンペ部屋へいくことができた。

 社員証をピッとして、真紘は入室する。すぐに、
 「あら、椎名さん、いらっしゃい」と、軽やかな声がかかる。優しい笑みの山形女史がいた。
 この真紘を歓迎するしぐさといい、部屋の入り口の一番近いデスクに付いていることといい、もうまるで彼女はこの部屋を管理するベテラン秘書。年齢だって真紘よりもずっと年上の熟年女性だし、大人の余裕に満ちている。
 同じエントリーメンバーの堀江が子育て中の「堀江ママ」であれば、山形はさしずめ「マダム山形」かなと、勝手に真紘は思う。

 「少し早いですが、レポートを持ってきました」
 と、真紘はクリアファイルを手渡した。
 そのレポートの内容は、田舎の孫会社で書いて一度提出したものとほぼ同じ。だから作成にそんなに時間をかけていない。業務改善コンペはまだまだ問題提起の段階で、これで充分だろうと真紘は判断していた。

 「それはそれは、お疲れ様でした。椎名さんが一番のりよ。お預かりしますね」
 丁寧にマダム山形は受け取り、レポート作成者名を確認する。確認後、付箋を貼り、パーティションの向こう側へ一度消えた。そこに、この部屋のボスである北峰のデスクがあるのだろう。

 「本日は、どうされますか? このままこちらで作業しますか?」
 すぐに戻ってきたマダム山形が、そう真紘に尋ねる。

 レポートで問題提起した。次に行うのは、その問題認識をさらに深めることだろう。これ、突っ込んだ現状観察をすることになるのだが、当然、手つかずである。
 実際の現場をよく調べてはじめて改善計画が立って、その先が続いていくんだろうなぁ~と、真紘は思う。こんな業務改善なんて、真紘はしたことがなければ、その先のプロセスなど想像の世界だ。
 わからないながらも、この部屋でなら過去に行った自社の改善計画や項目、その結果などをチェックすることができる。これらは内部資料であれば、社外の自室では閲覧できない。作業部屋とはよくいったものだ。

 真紘は少し悩んだ。
 なぜなら、今日の真の目的は北峰との対話であって、業改コンペの作業でないからだ。

< 56 / 159 >

この作品をシェア

pagetop