90日のシンデレラ
 はてさて、どうしたものか?

 先ほどマダム山形はパーティションの向こう側に消えたが、すぐに戻ってきた。きっと北峰はいない。いれば、何かしら声がきこえるはず。全くの無音であった。

 「どう先を進めていいのかわからないので、北峰さんの指示を仰ぎたいのですが……」
 予定を変更して、ここでコンペ案件の作業をしてもいいのだが、調べた先が的外れだと辛いものがある。コンペ案件に慎重な姿勢をみせて、北峰と会えないかと真紘はほのめかした。

 「そうねぇ~、確かに、そうかも。椎名さんは、一度も個別ミーティングしていないし……」
 デスクのタブレットの画面を覗き込みながら、マダム山形がいう。
 「でも、今日は取引先に出ていて、不在なのよ」
 「え?」
 真紘が思いもしなかったことを、マダム山形は口にした。

 なんと、北峰は社にいなかった。
 スーツに着替えて出ていったの段階で、外部の人間との接触があるこということに真紘は気が付かなかったのである。

 続けてマダム山形はいう。
 「朝の間、役員会に顔を出して、そのまま新幹線に乗って……それで東京着は……十時過ぎね。直帰すると申請してあるわ」
 真紘の朝食泥棒は不在だけでなく、社に戻りもしないとわかる。これでは、協議も何もあったもんじゃない。

 「北峰さんって、多忙なんですね」
 北峰と対決する気満々だったところを挫かれて、真紘はそういうしかない。
 「そうね、今の彼の職位だとそんなものかしら?」
 さらりとマダム山形がいう。彼女の口調は大したことはないという感じであるが、田舎孫会社の真紘にはそうは思えない。
 「それでしたら、レポートの回答をもらうのに時間がかかりそうですね」
 「それは大丈夫よ。今日きた分はあとでまとめてスキャンして送るし、きっと帰りの新幹線でチェックするはずよ。北峰さんからはそう指示を受けているので。椎名さんがすぐに北峰さんから回答がもらえるかどうかは保証できないけれど、近いうちに何らかのメールがくると思いますよ」

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